特許から読むフードテック企業 ~栄光と挫折のフードテック史①~

第1回 Believer Meats ― 培養肉を安く作ることに挑み続けた会社
フードテック業界には、壮大な未来を掲げ、多額の資金を集めながらも、その後苦戦を強いられた企業が少なくありません。今回から始まる新シリーズ「特許から読むフードテック企業 ~栄光と挫折のフードテック史~」では、企業の成功や失敗を単なる結果論として語るのではなく、その企業がどのような未来を描き、どのような技術課題に挑んでいたのかを特許から読み解いていきます。

記念すべき第1回は、培養肉業界の有力企業として世界的な注目を集めたBeliever Meats(旧Future Meat Technologies)です。FDAの審査をクリアし、USDAからも承認を取得し、世界最大級の培養肉工場まで建設した同社。しかし、その後は資金調達環境の悪化や市場形成の遅れなどの影響を受け、事業停止へと追い込まれました。

なぜこれほど有望視された企業が苦境に陥ったのでしょうか。今回は当時のニュースリリースと特許を手掛かりに、Believer Meatsという企業が何を目指し、どのような課題と戦っていたのかを探ってみたいと思います。

1.「培養肉界の本命」と呼ばれた企業
Believer Meatsはイスラエルで創業された培養肉企業です。培養肉とは、牛や鶏などの動物から採取した細胞を体外で培養し、肉として利用する技術です。家畜を大量に飼育する必要がなく、温室効果ガスの削減や土地利用効率の向上、さらには動物福祉の観点からも期待されています。

もっとも、培養肉の実用化には大きな壁があります。それは「価格」です。研究室で数グラムの培養肉を作ることは可能でも、スーパーで販売できる価格までコストを下げることは極めて難しいのです。Believer Meatsは、この問題を真正面から解決しようとした企業でした。

2022年12月、同社は米国ノースカロライナ州に世界最大級となる培養肉生産施設の建設を開始しました。計画では年間1万トン以上の培養肉を生産する能力を持つとされ、業界に大きな衝撃を与えました。ニュースリリースでは、独自の大型バイオリアクターと特許技術によって高い細胞密度と収率を実現すると説明されています。

当時の培養肉業界では、「培養肉が本当に量産できるのか」という疑問が常につきまとっていました。その中でBeliever Meatsは、「研究室の技術を工場レベルに持ち込む」という最も難しい課題に挑戦していた企業だったのです。

出典1:PR News Wire, “BELIEVER Meats Breaks Ground on Largest Cultivated Meat Production Facility in The World”
https://www.prnewswire.com/news-releases/believer-meats-breaks-ground-on-largest-cultivated-meat-production-facility-in-the-world-301697617.html

2.培養肉最大の敵は「細胞」ではなく「培地」
一般の人が培養肉を聞いてまず思い浮かべるのは細胞でしょう。しかし実際には、培養肉のコストを押し上げている最大の要因の一つは細胞そのものではありません。細胞を育てるための「培地」です。培地にはアミノ酸、糖、ビタミン、ミネラルなど多くの栄養成分が含まれており、細胞はそれらを消費しながら増殖します。

一方で細胞は代謝によって老廃物も排出します。代表的なものがアンモニアです。アンモニア濃度が高くなると細胞の増殖が阻害されるため、研究室レベルでは定期的に培地を交換します。しかし工場で数千リットル、数万リットル規模の培養を行う場合、培地交換は膨大なコストを生みます。つまり培養肉産業では、「細胞をどう育てるか」以上に、「培地をどう使い続けるか」が重要な課題となるのです。

3.特許US12325866が示す解決策
Believer Meatsの特許群を眺めると、この問題への執着がよく見えてきます。その代表例が米国特許US12325866「Systems and methods for growing cells in vitro」です。

出典2:US12325866B2, Systems and methods for growing cells in vitro
https://patents.google.com/patent/US12325866B2/en?oq=US12325866

この特許では、培養液を循環させながら透析システムによって不要物質を除去する仕組みが提案されています。以下の図面は、同特許の図1Aからの引用です:

図面を見ると、
・バイオリアクター300
・透析器20
・透析液22
・アンモニア除去フィルター24
が連携して構成されています。培養液22は透析膜(アンモニア除去フィルター24)を介して浄化され、不要なアンモニアが除去されます。そして再び培養槽(バイオリアクター300)へ戻されます。

イメージとしては、水道水を使い捨てるのではなく浄水器で循環利用する仕組みに近いでしょう。この発明のポイントは、「培地を捨てない」ことです。培養肉産業では培地コストが製造原価の大部分を占めるといわれています。そのため培地を再利用できれば、製造コストを大幅に引き下げられる可能性があります。研究室では当たり前だった培地交換を、工場ではできる限り減らす。Believer Meatsはまさにそこを狙っていたのです。

4.特許から見えるBeliever Meatsの経営思想
Believer Meatsの公開特許を調べると、次のようなテーマが繰り返し登場します。
・培地組成の改良
・培地の再生
・培地のろ過
・培地の循環利用
・高密度培養

一方で、
・味の改良
・食感の最適化
・ブランド戦略
といったテーマは比較的目立ちません。

もちろん特許だけで企業の全体像を語ることはできません。しかし少なくとも知財ポートフォリオを見る限り、Believer Meatsは「おいしい肉をどう売るか」よりも、「どうすれば安く大量に作れるか」に重点を置いていたように見えます。

これは同社が抱いていた問題意識を反映していたのかもしれません。培養肉業界において最大のボトルネックは味ではなく価格である。まずは価格を下げなければ市場そのものが成立しない。そう考えていたのではないでしょうか。

5.ニュースリリースにも現れる「コスト至上主義」
実際、同社のニュースリリースにはコスト削減への強いこだわりが繰り返し登場します。2021年6月のリリースでは、創業者のヤアコフ・ナミアス教授が次のように述べています。

“This facility demonstrates our proprietary media rejuvenation technology in scale, allowing us to reach production densities 10-times higher than the industrial standard.”(この施設は、当社独自の培地再生技術を大規模に実証し、業界標準の10倍もの生産密度を実現することを可能にします。)

出典3:PR News Wire, “Future Meat Technologies Launches World’s First Industrial Cultured Meat Production Facility”
https://www.prnewswire.com/news-releases/future-meat-technologies-launches-worlds-first-industrial-cultured-meat-production-facility-301317975.html

ここでも中心にあるのは味やブランドではなく、生産効率です。

さらに2021年2月には、培養鶏肉の生産コストを1食分=0.25ポンド(約113.4g)あたり7.50ドルまで削減したと発表しています。

出典4:PR News Wire, “Future Meat Technologies Reduces Cost of Cultured Chicken Breast Below $10”
https://www.prnewswire.com/news-releases/future-meat-technologies-reduces-cost-of-cultured-chicken-breast-below-10-301218910.html

当時の培養肉業界では、培養ハンバーガー1個の製造に数十万ドルかかると報じられた時代からまだそれほど時間が経っていませんでした。そう考えると、この数字がどれほど衝撃的だったかが分かります。

創業者のナミアス教授は培養肉技術を「21世紀のアポロ計画」と表現しています。

実際、培養肉の実用化には生物学だけでなく、
・細胞工学
・化学工学
・機械工学
・食品科学
など多様な分野の技術が必要になります。Believer Meatsは、その中でも特に製造コストの引き下げを最重要課題としていた企業だったのです。

6.なぜ成功できなかったのか
後から振り返れば、Believer Meatsの失敗を「コスト至上主義だったから」と説明するのは簡単です。しかし、当時の培養肉業界において最大の課題が「価格」であったことを考えれば、同社が製造コストの削減を最優先課題と位置付けたことは、むしろ合理的な経営判断だったとも言えるでしょう。

では、なぜ事業は継続できなかったのでしょうか。その理由は一つではありません。2022年以降は世界的な金利上昇などを背景に、フードテックを含むディープテック分野への資金調達環境が急速に厳しくなりました。また、消費者による培養肉の受容性は想定ほど早く広がらず、市場の立ち上がりも時間を要しました。さらに、量産化技術が進歩したとしても、従来の畜産と十分に価格競争できる水準へ到達するには、なお長い時間と継続的な投資が必要だったと考えられます。

出典5:AgFunder, “AgFunder Global AgriFoodTech Investment Report 2023”
https://agfunder.com/research/agfunder-global-agrifoodtech-investment-report-2023/?ck_subscriber_id=2039481079&utm_source=chatgpt.com

結果としてBeliever Meatsは、技術そのものよりも、資本市場や市場形成のスピードといった、企業だけではコントロールできない要因の影響を大きく受けたと言えるのではないでしょうか。

7.おわりに ― 特許に刻まれた挑戦の軌跡
Believer Meatsの事業は結果として継続できませんでした。しかし、FDA審査の通過、USDA承認の取得、世界最大級工場の建設計画など、同社が残した足跡は決して小さくありません。

そして特許群には、その挑戦の痕跡が色濃く残されています。Believer Meatsの特許を読んでいると、「おいしい肉を作る会社」というより、「培養肉を工業製品として成立させる会社」という印象を受けます。彼らが解こうとしていた問題は極めてシンプルでした。「どうすれば培養肉を誰もが買える価格で提供できるのか。」その問いに対する答えを求めて、培地の再生技術や高密度培養技術に挑み続けたのです。事業としては苦しい結末を迎えたとしても、その技術的挑戦は培養肉産業全体の財産となっています。

特許を読むことで、企業がどのような技術課題に挑み、何を目指していたのかは見えてきます。しかし、企業の成否は技術だけで決まるものではありません。資本市場、需要、規制、そして世界経済といった様々な要因が重なり合って初めて、その挑戦の結果が決まります。Believer Meatsの歩みは、そのことを改めて教えてくれる事例と言えるでしょう。

次回も「特許から読むフードテック企業」シリーズでは、公開特許を手掛かりに、企業が描いた未来と、その栄光・挫折の軌跡を追っていきます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Yoshiharu Takahashiと申します。
都内特許事務所に所属する、元食品メーカー研究員の弁理士。化学・バイオ分野を中心に、特許出願、FTO調査、無効資料調査など、(2026年現在)13年以上にわたり知的財産業務に従事しています。
Food Patent Labでは、「食品×知財×経済」をテーマに、食品関連特許や技術動向、知財戦略について発信しています。記事に関するご質問や特許に関するご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
ブログの定期更新:毎月1日・15日

About the Author
Yoshiharu Takahashi is a Japanese Patent Attorney with over 13 years of experience in intellectual property. On Food Patent Lab, he writes about food-related patents, innovation, and the business impact of intellectual property.

目次