特許から読むフードテック企業 ~栄光と挫折のフードテック史⓷~

Impossible Foods ― 特許が語る「肉の科学」と市場の現実
2019年。シリコンバレーでは、一つの食品会社が熱狂的な注目を集めていました。その名はImpossible Foods。「植物だけで本物の肉を再現する。」そんな夢のような技術を掲げたこの会社には、世界中の投資家から巨額の資金が集まり、企業価値は100億ドル規模とも評価されました。

レストランにはImpossible Burgerが並び、大手ファストフードチェーンとの提携も実現しました。当時のニュースによれば以下のコメントがあります。
“Impossible Foods has an ambitious goal: to reduce humanity’s destructive impact on the global environment, replacing the use of animals as a food production technology and eliminate animals as a food-production technology by 2035.”(インポッシブル・フーズは、人類が地球環境に与える破壊的な影響を軽減し、食料生産技術としての動物の利用を代替し、2035年までに食料生産技術としての動物の利用を完全に排除する)。そんな未来を疑う人は少なかったでしょう。

出典1:UN Environment Programme, “To solve the climate crisis, we need to rethink how we produce our food”
https://www.unep.org/news-and-stories/story/solve-climate-crisis-we-need-rethink-how-we-produce-our-food

しかし現在、その熱狂は落ち着いています。植物肉市場は成長が鈍化し、Impossible Foodsは人員削減を実施しました。期待されていたIPOも実現していません。この会社は失敗したのでしょうか。私はそうは思いません。むしろImpossible Foodsほど、「技術では勝った。しかし市場は別のルールで動いていた。」という現実を象徴する企業はありません。そして、その物語は決算資料ではなく、特許を読むことで初めて見えてきました。

1.Impossible Foodsは「肉」の会社ではなかった
もしも同業者に「Impossible Foodsってどんな会社?」と聞けば、その人はこう答えるでしょう。「植物肉を作っている会社ですよね。」もちろん間違いではありません。しかし、特許を読み始めると、その印象は数ページで覆されます。

そこに並んでいるのは、
・大豆
・ハンバーガー
・牛肉
ではありません。

代わりに現れるのは、
・Leghemoglobin
・Pichia pastoris
・プロモーター
・転写活性化因子
・ヘム生合成酵素
といった、生物学や発酵工学の専門用語ばかりです。

まるで食品会社ではなく、バイオ医薬企業の特許を読んでいるような感覚になります。実際、Impossible Foodsが挑戦していたのは、「肉を植物で置き換えること」ではありません。もっと根本的な、「肉がおいしいと感じる理由を分子レベルで解明し、それを工学的に再現すること」にあります。彼らが作ろうとしていたのは「植物肉」ではありません。「肉らしさ」そのものだったのです。

2.「肉らしさ」はどこから生まれるのか
私たちは普段、肉のおいしさを「肉だから」と考えがちです。しかし、研究者から見れば話は違います。香り。色。焼いたときの反応。食感。これらはすべて、分子レベルで説明できる現象です。Impossible Foodsは、「もし、その分子を理解できれば、牛を使わなくても肉を作れるのではないか。」という発想から出発しました。

これは食品開発というより、逆算による設計です。肉を分析し、構成要素を分解し、必要な要素だけを植物から再構築する。この発想こそが、後に数多くの特許へと結実していきます。

3.特許を見ると、会社の正体が変わる
今回取り上げる3件の特許を眺めてみましょう。一見すると、それぞれ別々の発明に見えます。しかし実際には、3つの特許が組み合わさることで「肉」という構造・機能の有機的な一体感が生まれているのです。
・US9,943,096 肉らしい香りを作る
・US10,039,306 肉らしい構造を作る
・US10,273,492 肉らしさの鍵となるヘムを大量生産する

4.Patrick Brownが見ていた未来
Impossible Foodsの創業者Patrick O. Brownは、食品業界の出身ではありませんでした。彼は長年、スタンフォード大学で分子生物学を研究していた科学者でした。だから彼は、「もっとおいしいハンバーガーを作ろう」とは考えませんでした。彼が見ていたのは、もっと大きな問題だったのです。それは、畜産業が地球環境へ与える負荷です。

牛を育てるためには、膨大な土地が必要になります。大量の水を使い、温室効果ガスも排出します。人口が増え続ける未来において、今と同じ方法で肉を作り続けることは持続可能なのか?Brownは、その問いに真正面から向き合いました。そして一つの結論へたどり着きます。「牛を改良するより、肉を作り直した方が早いのではないか?」

出典2:シカゴ大学のポッドキャスト, “A scientist’s beef with the meat industry, with Impossible Foods’ Pat Brown”
https://news.uchicago.edu/big-brains-podcast-impossible-foods-ceo-pat-brown-meat-industry-plant-based-vegetarian
※Brown氏コメント:”The cows stop working on this problem a thousand years ago, 10,000 years ago. And it’s never going to get really any better at this stuff, and that’s our core advantage.”(牛というシステムは、1万年前に進化(この問題への対応)を止めてしまっています。これ以上このシステムが向上することはありません。だからこそ、進化させ続けられる私たちの技術に圧倒的な優位性があるのです。)

実に科学者らしい発想です。彼は牛そのものではなく、牛肉を牛肉たらしめている仕組みを解析し始めたのです。そして研究を進める中で、一つの分子にたどり着きます。それが、「ヘム(heme)」です。ヘムは、私たちの血液中のヘモグロビンにも含まれる鉄を含む分子であり、肉を焼いたときの香りや風味を生み出す重要な役割を果たしています。もしこのヘムを植物由来で大量に作ることができれば、牛を育てなくても、「肉らしさ」を再現できるかもしれないのです。この発見が、Impossible Foodsという会社の原点となりました。

5.米国特許第9,943,096号─「肉の香り」は、植物から作れるのか
肉を焼いた瞬間の香ばしい香り。ジュッという音とともに立ち上る、あの独特の匂いこそ、「肉を食べたい」と感じさせる最大の要因かもしれません。では、その香りはどこから生まれているのでしょうか?多くの人は「牛肉だから」と考えるでしょう。

しかし、Patrick Brownは違いました。彼は、「肉だから美味しい」のではない。「肉の中にある分子が、美味しさを作っている。」と考えたのです。その中でも、彼らが最も重要視したのが、ヘム(heme)でした。

6.ヘムとは何なのか
ヘムは鉄を含む小さな分子です。私たち人間の体では、ヘモグロビンとして酸素を運ぶ役割を担っています。一方、植物にもよく似たタンパク質が存在します。それがレグヘモグロビン(Leghemoglobin)。大豆の根粒菌と共生する際に働くタンパク質です。

Impossible Foodsは、この植物由来のレグヘモグロビンに着目しました。理由は単純でした。焼いたときの化学反応が、動物由来のヘムと極めてよく似ていたからです。つまり、肉らしい香りは「牛」から生まれるのではなく、ヘムから生まれている。これがImpossible Foodsの出した結論でした。

米国特許第9,943,096号を読むと、単に「植物肉を作る方法」は書かれていません。むしろ、植物性タンパク質にヘム含有タンパク質を組み合わせることで、加熱時に肉様の風味や香りを生み出すという考え方そのものが丁寧に設計されています。つまり、彼らが特許で守ろうとしたのは、「植物から肉らしい香りを再現する」という発想でした。

多くの企業は、肉に近い味付けを工夫しています。しかしImpossible Foodsは香りが発生する化学反応そのものを設計しようとしていたのです。これは料理ではなく、完全に化学です。

出典3:US9943096B2, “Methods and compositions for affecting the flavor and aroma profile of consumables”
https://patents.google.com/patent/US9943096B2/en?oq=9%2c943%2c096
※従来の植物性代替肉は風味や調理時の香りが本物の肉に及ばない課題を解決するため、鉄イオンと結合した高度に共役した複素環(植物由来のレグヘモグロビンなどのヘムタンパク質など)と、1つ以上の風味前駆物質(糖やアミノ酸など)を組み合わせることで、調理時に本物の肉(牛肉、豚肉、鶏肉など)のようなジューシーでサボリ(旨味のある)な風味や香りを発生させる技術です。

7.「料理人」の発想ではなく、「研究者」の発想
ここで、この会社らしさがよく表れています。普通の食品会社なら、試作品を何百種類も作り、「こちらの方が美味しい」という試行錯誤を繰り返します。しかしImpossible Foodsは違うのです。彼らはまず、肉を分析しました。そして「何が肉らしさを生み出しているのか」を分子レベルで調べ、その要素だけを再構築しました。

“We had to understand what are the kind of biochemical mechanisms that account for juicing it. What are the mechanisms that account for the textural transformations that meat undergoes when you cook it? And then, what we did was we said, okay, where can we find a potentially scalable source of proteins or fats or whatever, that enabled us to match these characteristics? “(私たちは、肉をジューシーにする生化学的メカニズムがどのようなものかを理解する必要がありました。肉を調理したときに肉の食感が変化するメカニズムはどのようなものか。そして、私たちがやったことは、これらの特性に合う、潜在的に拡張可能なタンパク質や脂肪などの供給源をどこで見つけることができるか、ということでした。)

つまり、経験ではなく、理論から肉を設計しているのです。この姿勢は、以後の特許にも一貫して現れています。

8.米国特許第10,039,306号─肉は「構造物」である
もし香りだけ再現できても、肉にはなりません。柔らかさ。噛み応え。肉汁。筋繊維。脂身。これらすべてが合わさって、初めて私たちは「肉らしい」と感じるのです。そこでImpossible Foodsが次に取り組んだのが、肉の構造でした。

出典4:US10039306B2,”Methods and compositions for consumables”
https://patents.google.com/patent/US10039306B2/en?oq=10%2c039%2c306
※「見た目、食感、味、調理時の挙動まで、本物の肉の構造を徹底的に植物由来の成分でコピーする」ための発明です。

9.「肉」を分解すると何が見えるのか
米国特許第10,039,306号を読むと、興味深い言葉が繰り返し登場します。
・筋肉組織
・脂肪組織
・結合組織
つまり、彼らは肉を一つの食材として見ていません。複数の組織からなる複合材料として見ているのです。これは材料工学にも近い発想です。例えば自動車のボディが、鉄だけでできていないように、牛肉もまた、一種類の組織だけではできていないのです。筋肉だけでは硬く、脂肪だけでは崩れる。そのバランスが、肉らしい食感を作っています。

そこでImpossible Foodsは、植物由来のタンパク質や脂質を組み合わせ、それぞれの役割を再現しようとしました。

10.「植物肉を作る」のではない
ここまで2件の特許を読んできて、あることに気付きます。Impossible Foodsは一度も「植物肉を作ろう」とは考えていないのです。彼らが考えていたのは、
・香りをどう再現するか
・色をどう再現するか
・食感をどう再現するか
という、肉を構成する要素を一つずつ設計することでした。つまり、完成品から逆算しているのです。これはまさにエンジニアの思考です。

11.米国特許第10,273,492号─ハンバーガー会社が酵母を改良していた理由
彼らの設計思想は、米国特許第10,273,492号の請求項1からも読み取ることができます。そこにハンバーガーの話は一切出てきません。

出典5:US10039306B2,”Methods and compositions for consumables”
https://patents.google.com/patent/US10273492B2/en?oq=10%2c273%2c492
※代替肉に「肉らしさ(ジューシーさや赤み、血の味)」を出すための極めて重要な成分、大豆レグヘモグロビンというヘム鉄を含むタンパク質を、酵母を使って工場で大量生産するための技術です。

“Claim 1. A methylotrophic Pichia yeast cell comprising:
a nucleic acid molecule encoding a heme-containing protein…; and
a nucleic acid molecule encoding at least one polypeptide involved in heme biosynthesis…”
(…ヘム含有タンパク質をコードする核酸分子と、
…ヘム生合成に関与する少なくとも1種のポリペプチドをコードする核酸分子と、
を含む、メチル栄養性ピキア酵母細胞。)
※メチル栄養性ピキア酵母とは、メタノールを炭素源(=エサ)として利用できる酵母です。目的とするタンパク質を細胞内で大量合成することができる特徴を持ちます。

請求項に並ぶのは、「ハンバーガー」ではなく、
・Pichia pastoris
・Leghemoglobin
・AOX1プロモーター
・Mxr1転写活性化因子
・ヘム生合成酵素
といった分子生物学の専門用語ばかりです。一見すると食品特許には見えません。むしろ、バイオ医薬品を製造するための細胞工学の特許そのものに見えます。

12.なぜ酵母だったのか
ここで一つ疑問が生まれます。植物にはレグヘモグロビンが存在します。それなら、大豆から抽出すればいいはずなのです。しかし、それでは到底足りない。Impossible Foodsが目指していたのは、数百個のハンバーガーではありません。数億個です。つまり、工場で大量にヘムを作る方法が必要だったのです。そこで彼らは、植物からヘムを取り出すのではなく、酵母に作らせるという発想に至ります。レグヘモグロビン遺伝子を酵母へ導入して、さらにヘムそのものの合成能力まで高める。これがUS10,273,492の本質です。

13.3つの特許から見えてくるもの
ここで改めて3件の特許を振り返ってみましょう。
・US9,943,096 肉らしい香りを作る
・US10,039,306 肉らしい構造を作る
・US10,273,492 肉らしさの鍵となるヘムを大量生産する

US10,273,492でヘムを大量生産し、US9,943,096で肉らしい香りを作り、US10,039,306で肉らしい構造や食感を設計する。その上に、Impossible Burgerという商品が存在します。つまり、スーパーで売られるハンバーガーは、巨大なバイオテクノロジーの積み重ねの上に成り立っているのでした。

14.特許技術を独占し、投資家からも熱狂的支持を得たが、、、
2019年頃、Impossible Foodsは世界中の投資家から熱狂的な支持を集めました。「次の食品革命」、「フードテックのApple」、「食品版Tesla」。そんな言葉が飛び交っていました。企業価値は100億ドルとも評価され、IPOは時間の問題だと思われていたのです。しかし、その未来は訪れませんでした。

なぜでしょうか?私は、その理由は特許の中には書かれていないと思います。答えは、スーパーの売り場にあります。

15.消費者は特許を買わない
スーパーに行くと、沢山のお肉が並んでいます。牛肉が100g 198円。植物肉は298円。多くの人は、先ず値段を見て、その次に味を考えます。そして、「今日はどちらを食べたいか」を決めます。

そこには、AOX1プロモーターも、転写活性化因子Mxr1も存在しません。つまり、消費者は技術ではなく、商品を買うのです。この当たり前の事実が、Impossible Foodsにとって最も厳しい現実でした。

16.食品特許による参入障壁は、そのまま利益に繋がらない場合がある
この会社を見ていると非常に興味深いのは、医薬品では、特許は利益そのものになります。新薬が特許で守られれば、競合は簡単に参入できません。しかし食品は違います。たとえ特許で守られていても、消費者は、「どちらの請求項が広いか」ではなく「どちらがおいしいか」で商品を選ぶのです。もちろん食品業界でも、特許は重要な武器です。しかし、それだけで市場を支配できるわけではありません。Impossible Foodsは、その現実を最前線で経験した企業でした。

17.「肉の科学」は、なぜ「超加工食品」と呼ばれたのか
そしてもう一つ、Impossible Foodsには予想外の壁がありました。それは、科学そのものでした。彼らは、分子生物学を使って肉を再設計しました。これは研究者から見れば、非常に洗練された技術です。しかし、消費者が受け取ったメッセージは違いました。

「遺伝子組換え酵母」
「人工的」
「超加工食品」

企業が伝えたかったのは、「科学によって環境負荷を減らす」という未来でした。しかし消費者の一部は、「自然ではない食品」という印象を持ちました。技術的成功と、ブランドイメージ。ここにもまた、埋めがたいギャップが存在したのです。

18.Impossible Foodsは失敗したのか?
私は、この問いに対する答えは「いいえ」だと思っています。もちろん、IPOはまだ実現していません。市場も当初の期待ほどには成長していません。しかし植物肉の未来は、本当に「牛肉の代用品」だけなのでしょうか。例えば、高齢者向けに栄養を最適化した食品。抗酸化成分や機能性成分を組み込んだ食品。ペットごとに必要な栄養素を設計したフード。さらには、限られた資源で食料を生産しなければならない宇宙開発。こうした分野では、「食品を設計できる」という発想そのものが価値になります。

Impossible Foodsが残した特許群は、「未来の食品とは何か」という問いへの、一つの設計図なのだと思います。企業の特許を読むとき、私たちは「何を発明したのか」に目を向けがちです。しかし、本当に興味深いのは、「その企業は、どんな未来を信じて研究開発を続けたのか」という点ではないでしょうか。Impossible Foodsの特許には、牛肉を模倣するための技術だけではなく、「食品を分子レベルで設計し、発酵技術で工業生産する」という壮大なビジョンが刻まれていました。市場はその未来にすぐには追いつきませんが、Impossible Foodsの未来予想図を記録する特許は、「食品を設計する時代の扉を開いた」ことを確かに示しています。

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この記事を書いた人

Yoshiharu Takahashiと申します。
都内特許事務所に所属する、元食品メーカー研究員の弁理士。化学・バイオ分野を中心に、特許出願、FTO調査、無効資料調査など、(2026年現在)13年以上にわたり知的財産業務に従事しています。
Food Patent Labでは、「食品×知財×経済」をテーマに、食品関連特許や技術動向、知財戦略について発信しています。記事に関するご質問や特許に関するご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
ブログの定期更新:毎月1日・15日

About the Author
Yoshiharu Takahashi is a Japanese Patent Attorney with over 13 years of experience in intellectual property. On Food Patent Lab, he writes about food-related patents, innovation, and the business impact of intellectual property.

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