植物肉の特許を潰せなかった理由 – Impossible Foods事件とPTABの判断

近年、植物肉市場は急速に拡大しています。その代表格が、米国のImpossible Foods社です。同社の「Impossible Burger」は、まるで本物の牛肉のような色や風味を再現することで大きな話題となりました。

出典1:Impossile Foods社
https://impossiblefoods.com/

そのImpossible Foods社は、自社技術を保護するため多数の特許を取得しています。その中でも、米国特許第10,863,761号(以下、「761特許」)を巡って、競合企業Motif FoodWorks社との間で大きな紛争が発生しました。

出典2:US10863761B2
https://patents.google.com/patent/US10863761B2/en?oq=10%2c863%2c761

しかし興味深いことに、この事件では特許の有効性が本格的に争われる前に、米国特許商標庁(USPTO)の特許審判部であるPTAB(Patent Trial and Appeal Board)が「IPR(Inter Partes Review)を開始しない」と判断しています。※IPRは特許無効手続の一種です。

本件では、PTABは「先行技術が弱かった」のではなく、「請求人のクレーム解釈に問題があった」と判断し、IPR開始を拒絶しました。言い換えれば、特許の強さというよりも、無効理由の組み立て方が勝敗を分けた事例といえます。

まず、事件の経緯を時系列で整理した上で、なぜPTABがIPR開始を拒絶したのかを見ていきましょう。

1.事件の時系列
【概要は以下の通り】
優先日      2011年7月
AIA施行      2013年3月
出願日      2018年5月
登録日      2020年12月
地裁訴訟提起   2022年3月
IPR申立て     2022年4月
IPR開始の拒絶   2022年10月
(以降も訴訟が継続…)
両者が和解    2024年

まずは、本件の流れを簡単に整理してみましょう。

2020年12月
Impossile Foods社の761特許が登録されました。優先日が2011年7月ですので、AIA施行日よりも前に優先日を有することになります。また、この特許は植物由来の成分を用いて牛肉の味や色、食感を再現する「beef replica product(牛肉代替食品)」に関するものです。※AIAは米国特許法の大規模改正のことです。

2022年3月
Impossible Foods社が、競合企業であるMotif FoodWorks社を特許侵害で提訴しました。Motif社は植物肉向けのヘムタンパク質技術を展開しており、Impossible Foods社はこれが自社特許を侵害すると主張しました。

2022年4月
提訴を受けたMotif社は、PTABにIPRを申し立てました。日本でいう無効審判に近い手続ですが、米国のIPRは少し仕組みが異なります。まずPTABが、「この無効理由には勝ち目がありそうか」を審査し、一定以上の可能性があると判断した場合にのみ本格的な審理が開始されます。

2022年10月
PTABはIPRの開始を拒絶しました(Institution Denied)。つまり、「Motif社の主張だけでは、少なくとも現時点で特許を無効にできる合理的可能性が示されていない」と判断したわけです。

2022年~2024年
地裁での侵害訴訟は継続しました。

2024年
最終的に両社は和解し、訴訟は “Dismissed with prejudice” として終了しました。これは簡単に言えば、「この訴訟は完全に終了し、同じ請求について再度訴訟を起こすことはできない」という意味です。

2.なぜPTABはIPRを開始しなかったのか?
本件で最も興味深いのはここです。当初私は、「審査時に特許庁(USPTO)で既に審査された引例だったので、裁量的に却下されたのではないか」とも考えていました。

しかし決定書を読むと、PTABはそのような理由ではなく、純粋に無効理由の中身を検討した結果として開始を拒絶しています。つまり、「裁量的な問題」ではなく、「実体的な問題」だったのです。

出典3:DECISION Denying Institution of Inter Partes Review 35 U.S.C. § 314
https://ptacts.uspto.gov/ptacts/public-informations/petitions/1549505/download-documents?artifactId=VjXD1rQkpQZ7MjnPhuHRRaH-HjROwRmB-NC8DGX9caue71-1YI6AdEs

3.争点となった「muscle replica」
761特許のClaim 1は以下のような構成です。

「1. A beef replica product, comprising:
a) a muscle replica comprising 0.1%-5% of a heme-containing protein, at least one sugar compound and at least one sulfur compound; and
b) a fat tissue replica comprising at least one plant oil and a denatured plant protein,
wherein said muscle replica and fat tissue replica are assembled in a manner that approximates the physical organization of meat.」
(牛肉のレプリカ製品であって、以下:
a) ヘム含有タンパク質0.1%~5%、少なくとも1種の糖化合物、および少なくとも1種の硫黄化合物を含む筋肉レプリカ;および
b) 少なくとも1種の植物油および変性植物タンパク質を含む脂肪組織レプリカ、
を含み、
ここで、前記筋肉レプリカおよび脂肪組織レプリカは、肉の物理的構造に近似するように組み立てられている、牛肉のレプリカ。)

本件でPTABが特に重視したのは、請求項1に登場する”muscle replica”(筋肉レプリカ)という文言でした。請求項1では、構成aで「ヘム含有タンパク質0.1~5%…を含むmuscle replica」が規定されています。

Motif社は主引例としてMcMindes文献を引用しました。この文献には、植物性材料と牛肉を混合したハイブリッド食品が記載されています。

Motif社は、牛肉中にはミオグロビンが含まれている→したがってヘム含有タンパク質の要件を満たす→請求項1を充足する、と主張しました。一見、もっともらしく見えます。

しかしPTABはここで重要なクレーム解釈を行いました。PTABによれば、”muscle replica”とは、「動物由来筋肉組織の味、色、食感などを模倣する組成物」であって、「実際の筋肉組織そのもの」を意味しないと判断したのです。

つまり、本物の牛肉≠ muscle replicaということになります。

4.PTABが問題視した点
PTABは繰り返し、「請求人はクレーム(解釈)を書き換えている」と指摘しています。

Motif社の論理は、
植物性部分 → muscle replica
牛肉部分 → ヘムタンパク質
という形で、クレーム要件を別々の構成要素に割り振るものでした。

しかしClaim 1の要求しているのは、「muscle replica自体がヘムタンパク質を含むこと」です。

PTABは、「植物性部分と牛肉部分を別々に取り出して議論しても、請求項の要件を満たしたことにはならない」と判断しました。結果として、先行技術による新規性欠如の主張も、進歩性欠如の主張も成立しないとされました。

【Motif社の主張】
牛肉部分にはミオグロビンがある

Claim 1のヘムタンパク質の要件を充足する

植物部分はmuscle replicaに対応する

したがってClaim1を充足する

【PTABの考え】
Claim1の構成:
muscle replica
├─ヘムタンパク質
├─糖化合物
└─硫黄化合物
が必要

牛肉部分と植物部分をバラバラに対応付けてはいけない

5.特許が強かったのか、無効理由が弱かったのか
この事件を読むと、「Impossible Foodsの特許は極めて強力だった」という印象を持つ人もいるかもしれません。しかし、決定書を丁寧に読むと、少し違う見方もできます。

PTABは、「761特許は絶対に有効である」とは言っていません。あくまで、「今回提出された無効理由では勝てない」と言ったにすぎません。実際、決定書では繰り返し、「請求人の論理構成が不十分である」、「クレーム解釈と引例の対応付けが適切でない」といった指摘が見られます。その意味では、「特許が非常に強かった」というより、「無効理由の組み立て方に問題があった」と評価する方が実態に近いようにも思われます。

6.日本と米国の制度差が勝敗を左右した可能性
今回筆者がClaim 1を読んでいて気になったのは、”muscle replica”の記載要件上の問題でした。”muscle replica”という用語について、
・どの程度「近似」していれば”replica”に該当するのか?
・何の特性(色?食感?味?)をどの程度再現したら”replica”なのか?
・定量的な基準
などがClaim 1には記載されていません。

しかし、実は今回、Motif社側がこのような記載不備を指摘せず、新規性・進歩性の無効を指摘したのには制度上の問題があります。

・日本の無効審判制度と異なり、IPRは新規性(102条)・進歩性(103条)に基づく無効理由に限定して審理されます。従って、上記のような記載不備を指摘する場合には、IPRではなく地裁訴訟での無効抗弁として主張することになります。(ただし、訴訟が長引けば費用が高くつきます。)

・また、AIA施行後は、101条(特許適格性)や112条(明確性)を含む幅広い無効理由が主張可能なPost Grant Review(PGR)という制度も利用可能となりましたが、特許付与後9ヵ月以内に提起する必要があります。更に、761特許の優先日はAIA施行日「前」ですので、PGR適用の対象外となります。

従って、Motif社側としては初めから不利な戦いだったのかもしれません。一方、優先日がAIA施行日前であったImpossible Foods側は、結果的に非常に有利な立場だったと言えます。

※なお、日本の制度では、特許異議申立、特許無効審判、情報提供、いずれも新規性・進歩性だけではなく記載不備に関する主張が可能です。

7.まとめ
本件でPTABがIPR開始を拒絶したのは、761特許が絶対に有効だと判断したからではなく、Motif社の無効理由では特許を崩せる見込みが十分に示されなかったためでした。

また、本件は「特許の強さ」だけでなく、「どの制度を使えるか」が結果に大きく影響した事例でもあります。もし別の手続や別の無効理由が利用できていたら、違った展開になっていた可能性もあります。

植物肉の研究開発では「牛肉そっくり」を目指していますが、今回のPTABは、「本物の牛肉とmuscle replicaは別物です」と冷静に言い放ちました。研究者が聞いたら少し複雑な気持ちになるかもしれません。。



よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Yoshiharu Takahashiと申します。
都内特許事務所に所属する、元食品メーカー研究員の弁理士。化学・バイオ分野を中心に、特許出願、FTO調査、無効資料調査など、(2026年現在)13年以上にわたり知的財産業務に従事しています。
Food Patent Labでは、「食品×知財×経済」をテーマに、食品関連特許や技術動向、知財戦略について発信しています。記事に関するご質問や特許に関するご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

About the Author
Yoshiharu Takahashi is a Japanese Patent Attorney with over 13 years of experience in intellectual property. On Food Patent Lab, he writes about food-related patents, innovation, and the business impact of intellectual property.

目次