【欧州特許実務】欧州の特許制度が変わる?「ユニタリーパテント」とは何か、食品業界にどう関係するのか、について

こんにちは。弁理士の高橋です。2023年6月、欧州で特許制度に関する大きな変化がありました。その名も「ユニタリーパテント(unitary patent)」制度です。
これまで欧州で特許を取得するには、各国ごとに申請・登録・管理をする必要がありましたが、今後は“1つの手続き”で18カ国以上(2025年7月現在*)に一括で特許権を及ぼせるようになるのです。

*本記事は2025年7月時点の情報に基づいており、制度の運用状況や対象国は今後変更される可能性があります。

特許と聞くと、製薬や電子機器などを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、実は食品業界でも技術革新が進んでおり、乳酸菌、機能性成分、植物由来素材などでの特許出願が盛んです。今回は、この新しい制度が食品業界にどのようなメリット・デメリットをもたらすのか、分かりやすく解説してみます。

1.ユニタリーパテントって、何が新しいの?
これまでの欧州特許制度では、出願はヨーロッパ特許庁(EPO)に一括で行えるものの、特許としての効力は各国に「登録」することで初めて発生しました。現行のEPO制度では、「付与後」に各国で有効化するために、その国の法律に従って「クレーム部分の翻訳」または「全文翻訳」が求められます。(一部、ロンドン・アグリーメント加盟国には翻訳文要件に関して緩和措置が設けられています。)

出典1:EPO公式HP
https://www.epo.org/en/legal/epc/2020/a65.html
出典2:EPO公式HP 「Unitary Patent」
https://www.epo.org/en/applying/european/unitary/unitary-patent

ユニタリーパテント制度では、EPOで特許が成立した後、「ユニタリー効果」をリクエストするだけで、対象国すべてに自動的に特許権が発生します(※2025年7月現在の対象は18カ国。今後拡大の可能性あり)。
さらに、年金(維持費)の支払いも一括で済むため、手続きがぐっと簡素化されるのです。

2.食品特許を例に、運用方法をイメージしてみましょう
例えば、ある日本の食品会社が「特定の植物由来の新しい乳酸菌の組成物」を開発したとします。欧州市場にも展開を考えており、ドイツ・フランス・イギリス・オランダの健康食品メーカーと提携する予定があるとしましょう。

従来の方法では、EPOで欧州特許を取得した後、各国に対して「登録申請→翻訳提出→費用支払い」という流れを国ごとに繰り返す必要がありました。
しかしユニタリーパテントを選べば、EPOで特許が成立したタイミングで「ユニタリー効果を希望します」と申請するだけで、まとめて18カ国に効力が及びます。

3.メリットは「コストと手間の大幅削減」
食品業界にとって、ユニタリーパテント制度の最大のメリットは、コストパフォーマンスの向上です。
一括で18カ国に特許効力が及ぶ
翻訳コストを大幅削減(英語で出願した場合は、EUの別言語への翻訳が1つだけ必要(例:フランス語など)
フランス語・ドイツ語で出願した場合は、英語への翻訳が必要
年金管理も一括化できる

特に、複数国*に製品を展開しようとする中小食品メーカーにとって、これまでの「国ごとの管理負担」は参入障壁でした。ユニタリーパテントは、それを一気に下げる可能性があります。
*費用面を考慮すると、凡そ4か国以上で展開する場合にはユニタリーパテント制度を検討すると良いかもしれません。

4.デメリットは「一発アウトのリスク」
ただし、ユニタリーパテントにはデメリットもあります。
一番の注意点は、「1カ国で無効になったら、全部無効になる」という点です。

従来方式では、たとえばドイツの特許だけが無効になっても、フランスやイタリアの特許は維持できました。しかしユニタリーパテントは“ひとまとめ”なので、統一特許裁判所(UPC)で無効判断が下されると、その18カ国すべてで特許が消えてしまうリスクがあります。

特許の安定性を重視する企業や、対象国を絞って費用を抑えたい企業にとっては、慎重な判断が求められる制度でもあるのです。

5.まとめ:食品業界にとっての「新しい選択肢」
ユニタリーパテント制度は、欧州での知財戦略に新しい選択肢をもたらします。
「まだ欧州での特許はハードルが高い」と感じていた中小食品企業にとっては、使いやすさがぐっと増す制度といえるでしょう。

一方で、すべてが一括管理されることの“脆さ”にも注意が必要です。
自社の製品や販売戦略にあわせて、従来方式とユニタリーパテントを使い分けることが、これからの知財戦略の鍵になるかもしれません。

ユニタリーパテント制度と従来制度の比較表

項目従来の欧州特許制度(国別登録)ユニタリーパテント制度
特許の効力が及ぶ範囲選択した国ごとに登録・発生リクエストした時点で対象国すべてに発生
登録後の手続各国で翻訳・年金・代理人手続が必要一括管理(翻訳も簡素化)
年金(特許維持費)の支払い先国ごとに個別支払いEPOに一括支払い
無効になった場合の影響範囲無効になった国のみ対象国すべてで一括して無効になる可能性
向いている企業特定国だけ守りたい、安定性重視の企業欧州全体に広く製品を展開する企業
主なメリット必要な国だけ選べて、柔軟な運用が可能広域カバー・コスト削減・手続き簡略化
主なデメリット手続・費用が煩雑、国ごとにバラバラ無効リスクが一括、対象国を選べない
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この記事を書いた人

Yoshiharu Takahashi(高橋)と申します。都内特許事務所で弁理士として12年以上、特許出願・FTO調査・無効資料調査など、累計2,000件以上の案件を担当。化学・バイオ分野を中心に、国内外の知財戦略をサポートしています。

食品・知財・経済の交差点から現場の知見を発信中。記事へのご質問や国内特許・海外特許のご相談は、お問合せフォームよりお気軽にどうぞ。

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