1.はじめに:ニッスイが動いた、新たなウナギへの挑戦
2025年4月、食品大手のニッスイ(証券コード:1332)がちょっと気になる発表をしました。医薬・創薬受託事業を手がける新日本科学と組んで、ニホンウナギの人工種苗を大量に生産するための技術開発に取り組むというのです。スタートは2024年10月。将来的には事業としての展開も視野に入れているそうです。
出典1:ニッスイ公式HPニュースリリース 「ニホンウナギ人工種苗の大量生産技術に関する共同研究を開始」
https://www.nissui.co.jp/news/20250407.html
ご存じのとおり、ウナギはその美味しさとは裏腹に、資源の減少が深刻な問題になっています。そんな中で注目されるのが「完全養殖」。つまり、天然の稚魚に頼らず、人工ふ化から育てる仕組みです。
実はニッスイ、2001年からこのウナギの完全養殖にチャレンジしていた過去があります。2007年には人工ふ化に成功するも、2009年に研究は一時ストップ。それがなんと今回、15年ぶりに再始動するというのです。2027年度をめどに、事業化の可能性も探っていくとのことで、水産業界にとっても、環境問題にとっても、注目のプロジェクトになりそうです。
2.水産事業の柱「養殖技術」への挑戦
今回のウナギの取り組みもそうですが、ニッスイはこれまでも養殖技術の研究開発に力を入れてきた会社です。たとえば、グループ会社の黒瀬水産が手がける「黒瀬ぶり」は、2022年度から完全人工種苗での生産に成功しています。つまり、ブリに関してはもう“天然に頼らない完全養殖”が現実のものになっているのです。また、特許(特許第6989451号)も取得済みです。
補足:発明の内容
ブリは見た目や大きさで商品価値が大きく左右される魚ですが、生殖期のあとに痩せてしまうと、その価値が下がってしまうという課題がありました。さらに、繁殖を抑えすぎると次世代の生産ができず、養殖の継続も難しくなります。
本技術では、人工的に採卵した仔魚を育て、生殖期に十分な体格を持ち、かつ生殖後も痩せにくいブリを得ることに成功。具体的には、生殖腺の発達をコントロールしながら、体重3.5kg以上・肥満度の高い状態を維持できる個体に育てています。この方法により、品質と持続性を両立したブリの養殖が可能になりました。
出典2:特許情報プラットフォーム
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-6989451/15/ja
こうした成果を支えているのが、ニッスイの研究拠点である大分海洋研究センター。ここでは、魚の生態や繁殖、生育環境の改善など、さまざまなテーマで研究が進められており、技術の積み重ねが実を結びつつあります。
ウナギもブリと同じように、将来的に人工種苗100%で育てられるようになれば、天然資源への影響を大きく減らすことができます。しかも、育て方をコントロールできるという点では、品質や安定供給の面でもメリットがあるのです。今回の共同研究は、そんなニッスイの“水産テック”な挑戦の延長線上にあると言えるでしょう。
3.ニッスイの水産事業とその位置付け
ニッスイというと、冷凍食品や加工食品のイメージが強いかもしれませんが、実は水産事業も売上全体の4割近くを占める大きな柱です。自社やグループ会社での漁業・養殖・加工・販売まで一貫して行っており、そのスケールは業界でもトップクラスです。
ただし、ここにひとつ課題があります。水産事業はどうしても自然環境や原材料コストの影響を受けやすく、利益率があまり高くないのです。たとえば2025年3月期の営業利益率は2.3%。同じニッスイの食品事業(冷凍食品など)が6%超の利益率であるのと比べると、やや見劣りする数字です。
だからこそ、今回のような高付加価値の完全養殖の技術がカギになるわけです。人工種苗を安定して供給できるようになれば、コストも読みやすくなり、収益構造の改善にもつながります。言い換えれば、ニッスイの水産事業にとって、ウナギの完全養殖は“夢のある打ち手”なのです。
セグメント別業績と利益率(2025年3月期)
セグメント | 売上高(百万円) | 営業利益(百万円) | 営業利益率(%) |
---|---|---|---|
水産事業 | 364,057 | 8,418 | 2.3% |
食品事業 | 471,058 | 28,711 | 6.1% |
ファイン事業 | 15,844 | 891 | 5.6% |
物流事業 | 16,536 | 2,838 | 17.2% |
その他 | 18,628 | 925 | 5.0% |
全社共通経費 | – | ▲10,006 | – |
連結合計 | 886,126 | 31,779 | 3.6% |
出典3:ニッスイ公式HP 有価証券報告書-第110期(2024/04/01-2025/03/31)
https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS06310/96e8afe0/1ef0/43a8/ab0e/923eb202225f/S100W2X5.pdf
4.完全養殖ウナギの事業化がもたらすインパクト
もし今回の研究がうまく進み、ウナギの完全養殖が本格的に事業化されたとしたら、それはニッスイだけでなく、水産業界全体にとっても大きなインパクトをもたらします。
まず注目すべきは、資源保護の面です。現在のウナギの流通は、天然のシラスウナギ(稚魚)を捕まえて育てる“半養殖”が主流ですが、シラスの漁獲量は年々不安定で、環境負荷や密漁問題も指摘されています。完全養殖が実現すれば、天然資源への依存を大きく減らすことができ、持続可能な生産体制の構築につながります。
さらに、人工種苗から育てることができれば、品質やサイズのばらつきを抑えることができるため、安定した供給や価格の面でもメリットが期待されます。企業としての競争力を高めるだけでなく、ESG(環境・社会・ガバナンス)評価の向上にもつながるため、投資家や市場の注目度も上がってくるでしょう。
つまり、ウナギの完全養殖は、環境と経済の両方に効く“未来志向の一手”なのです。
5.おわりに:水産大国・日本の使命として
ウナギは、日本人にとって特別な存在です。土用の丑の日には欠かせない風物詩であり、古くから親しまれてきた食文化の象徴とも言えるでしょう。だからこそ、その資源が減り続けている現実には、多くの人が胸を痛めています。
今回のニッスイの取り組みは、単なるビジネスの枠を超えて、日本の食文化を未来につなぐ挑戦とも言えます。完全養殖という技術で、環境に配慮しながらウナギを守り、次の世代にも安心して食べてもらえる未来を描く。その第一歩が、いま静かに踏み出されたのです。
もちろん、実用化までの道のりは簡単ではないでしょう。でも、すでにブリの完全養殖を実現したニッスイなら、その可能性は十分にあるはず。水産大国・日本の一企業として、どこまでやれるか。その成果に期待したいところです。
株価チャートはこちら: ニッスイ(日本水産)株価チャート【Investing.com】
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