香りを“言葉”で感じる──AIシステムが国際デザイン賞を受賞

香りは目に見えず、形もない。しかし、人の記憶や感情に深く結びつき、強い印象を残します。そんな「香り」に新しい体験を与えるAIシステムが注目されています。日本たばこ産業(JT)の研究開発組織「D-LAB」から生まれたスタートアップ・SCENTMATICが開発した「KAORIUM(カオリウム)」です。

このKAORIUMは2025年7月、国際的なデザインアワード「A’ Design Award & Competition」を受賞しました。香りと人間の感性を橋渡しする独創的なインタラクションデザインと、AIを活用した新しい体験設計が評価された結果です。

1.AIが香りを「意味空間」にマッピングする
KAORIUMの最大の特徴は、香りの印象をAIが「言語表現」に変換し、ユーザーに提示する点です。専用のRFIDタグ付きコースターに香りのサンプルを置くと、その香りに対応する「意味ベクトル」が自然言語処理(NLP)システムによって抽出され、テーブル上にキーワードとして投影されます。

ユーザーはこれらの言葉群(例:「甘い」「初恋」「さわやか」)を手がかりに、自分の感性に合った香りを選択可能です。

香りは五感の中でも特に抽象的で、個人差が大きい刺激です。KAORIUMは香りの化学的特徴と、人間が持つ言語的・感性的特徴を多次元ベクトル空間で関連付けることで、その「曖昧さ」を計算可能な形に置き換えています。単なる香り選びではなく、「自己の感性を探索するプロセス」として設計されている点が特徴的です。

2.関連特許とアルゴリズム
KAORIUMのコア技術の一部は、特許第7489375号に記載されています。この特許は「指定された言葉(例:初恋)から対応する香りや味を検索・提示する情報提供システム」に関するものです。
・課題:香りや味は言語化が難しく、人間が自由に表現する語彙と実際の嗅覚・味覚刺激との対応が曖昧である。
・解決策:
(1)「指定表現」(ユーザが選んだ言葉)と「関連表現」(感覚的な形容語)をデータベース化。
(2)ユーザの選択や操作に応じて関連表現の優先度重み(重み付けベクトル)を動的に更新。
(3)優先度に基づいて最適な香り・味覚サンプルを提示し、言葉と感覚の関係を可視化。

この仕組みは単なる「タグ検索」ではなく、ユーザー操作によって意味空間の重み付けがリアルタイムに変化するインタラクティブなレコメンデーションエンジンに近い構造です。自然言語処理と人間の嗅覚データベースを結合した応用事例としても注目に値します。

出典1(参考特許):特許情報プラットフォーム,特許第7489375号
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7489375/15/ja

3.没入感を生むUI/UXと物理インタラクション
KAORIUMがデザイン賞で高く評価された理由のひとつは、物理インターフェースとデジタル投影を組み合わせたUI/UX設計です。
RFIDタグによる香り識別:香りサンプルごとに固有IDを付与し、システム側で即時認識。
プロジェクションUI:テーブル上に言葉が漂うように表示され、「香りが可視化された」ような没入体験を演出。
ゼロUI設計:香りを置くだけで体験が始まるため、操作負荷を最小限に抑えつつ、展示・商業空間でも汎用性を確保。
このように、フィジカルな操作とデジタルな可視化を統合した「フィジタルUX」は、今後の香り体験デザインのリファレンスになる可能性があります。

4.応用と今後の展開
KAORIUMは既に百貨店やイベントでの展示に導入されていますが、今後は以下の分野での活用が期待されています。
教育:香りと言葉を結びつける感性教育プログラム
飲食:料理と香りを組み合わせた体験型メニュー
マーケティング:ブランドの世界観を香りで言語化・共有するシステム
香りの化学的データと人間の心理的データをリンクさせるこの技術は、AI×HCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)の新しい応用例といえます。

5.まとめ
香りは従来「嗅ぐだけ」の体験でしたが、KAORIUMはそこに自然言語処理とデザインを融合させ、香りを「語る・共有する」体験に変換しました。

AIが媒介することで、人間の感覚と意味の間に新しい橋をかける──このアプローチは、今後の香り体験だけでなく、他の五感に関わるインターフェースにも影響を与えるでしょう。

国際デザイン賞の受賞は、この技術の可能性が世界的に認められた証。香りとテクノロジーが融合した新しい文化の進化に注目したいところです。

出典2:SCENTMATIC株式会社のHP 「香りを言葉にするAI KAORIUM」
https://scentmatic.co.jp/projects#kaorium

出典3:日本たばこ産業株式会社のHP 「香りと言葉を変換するAIシステム「KAORIUM」が、世界最大級の国際デザインコンペティション「A’デザインアワード&コンペティション」を受賞!」
https://www.jti.co.jp/dlab/news/20250731.html

出典4:PRタイムズ 「世界最大級の国際デザインコンペティション「A’ Design Award and Competition」で香りを言語化するAI「KAORIUM」が受賞」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000177.000051694.html

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この記事を書いた人

takahashi(高橋)と申します。弁理士として12年以上、特許出願・FTO調査・無効資料調査など、累計2,000件以上の案件を担当。化学・バイオ分野を中心に、国内外の知財戦略をサポートしています。

食品・知財・投資の交差点から現場の知見を発信中。記事へのご質問や国内特許・海外特許のご相談は、お問合せフォームよりお気軽にどうぞ。

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