【米国特許実務】自然物だから特許にならない!?~米国での食品発明の101条拒絶とその回避戦略②~

こんにちは。弁理士の高橋です。
今回は前回に続いて、食品分野の発明でよく直面する米国特許法101条の「特許適格性(Patent Eligibility)」の拒絶について、米国特許審査便覧(MPEP)に沿って実務的な視点から解説します。

1.米国特許審査便覧(MPEP)について
MPEPは、アメリカ特許庁(USPTO)の審査官が特許を審査する際に使う公式のガイドラインです。どんな特許が認められるか、その基準や手続きのルールがまとまっています。本記事では、MPEPの §2106に絞って解説していきます。

2.特許適格性(patent eligibility)
審査官が特許適格性(patent eligibility)を検討する際には、まずクレームされた発明が、「プロセス(方法)」、「マシン(装置)」、「製造物(物品)」、「物質の合成物」のいずれかに該当するかを確認します。このいずれかに該当すれば、審査は次のステップ(例えば、新規性や進歩性の判断)へ進みますが、該当しないと判断されると、例外を除き101条による拒絶リスクが生じます。

こうした拒絶リスクを減らすため、あるいは該当性を的確に主張できるようにするためには、食品の研究開発段階または出願の準備段階から、技術的構成や効果を明確に意識しておくことが重要です。
※今回は、OA対応段階の説明を省くため、MPEP§2106のいわゆる「二段階テスト」の順序には触れません。

【特許適格性リスク(=拒絶され易い程度)と対応の方向性について纏めた表】

類型特許適格性リスク対応の方向性
自然法則の単なる応用高(Mayo型)実験デザイン、デバイス、製造プロセスを具体化
ビジネス手法・集計アプリ高(Alice型)技術的手段や産業的用途への統合が必要
データ処理構造、制御系中~低(Enfish等)処理構造や技術的改善を丁寧に主張
自動化・AI・予測アルゴリズム中(McRO型)明確なルールや数式で「技術的貢献」を提示

3.出願の準備段階までに考慮すべき技術的構成の留意点
MPEPに示される判例と、MPEPからの引用文、日本語訳および留意点について纏めました。なお、引用文はMPEPの文脈を踏まえて、適宜補足した上で紹介しています。

1)Mayo v. Prometheus(自然法則の応用)
引用文:”A claim that recites a law of nature and adds only conventional steps is not eligible.”
日本語訳:自然法則を記載しているクレームが、通常の工程しか加えていない場合、特許適格ではない。

ポイント1:バイオ系(例:血中代謝物測定→治療判断)では、「自然な因果関係+単なる助言」になりやすく、機器や新規処理工程の追加がなければ101条で却下されるリスクが高いです。

2)Alice v. CLS Bank(抽象的アイデアの実装)
引用文:”Implementing an abstract idea on a generic computer does not make it patent eligible.”
日本語訳:抽象的なアイデアを汎用コンピュータ上で実行しただけでは、特許適格にはならない。

ポイント2:食品分野のAI・分析系ソフト(例:栄養成分計算アプリなど)では、単なる「人間の判断の置き換え」にならないようにアルゴリズムの新規性や処理内容の技術的効果を明記する必要があります。

3)Enfish v. Microsoft(データ構造の技術的改善)
引用文:”Claims directed to improvements in computer functionality are not abstract.”
日本語訳:コンピュータ機能の改善に向けられたクレームは、抽象的とは見なされない。

ポイント3:例えば、食品製造のレシピ情報やアレルゲン情報を効率的に処理する新しいデータ構造(例:多軸検索型テーブル)などは、ソフトウェアであっても101条を通過しやすくなります。

4)DDR Holdings v. Hotels.com(ネット環境特有の問題の解決)
引用文:”Solving a problem specifically arising in the realm of computer networks… may not be abstract.”
日本語訳:コンピュータネットワーク特有の問題を解決する発明は、抽象的とはされない可能性がある。

ポイント4食品ECサイトでの購入導線設計やユーザー体験の工夫が、ネット特有の技術課題に対応していれば、ビジネス方法に近くても特許適格とされる余地があります。

5)BASCOM v. AT&T(既知要素の新しい組合せ)
引用文:”The inventive concept may lie in a non-conventional arrangement of known elements.”
日本語訳:発明的概念は、既知の構成要素を非通常の方法で組み合わせることに見出される場合がある。

ポイント5:食品加工機器のセンサ制御や品質管理などで、既存要素を新しい組合せやアーキテクチャで構成する場合、「単なる実装」を超えた発明性として評価されるように説明する点が重要です。

6)McRO v. Bandai(ルールベースの自動化)
引用文:”Claims using rules to automate a manual process can be eligible.”
日本語訳:ルールを用いて手動の作業を自動化するクレームは、特許適格と認められる可能性がある。

ポイント6:味の調整や発酵制御のような「人間の感覚頼み」だった工程に、数式・ルール化された自動制御技術を導入した場合、技術的貢献として評価される可能性が高まります。

まとめ
本記事で紹介した6つの判例からも分かるように、米国特許審査では、自然法則や抽象的アイデアを超える「技術的貢献」が求められます。
食品・バイオ分野はその性質上、101条の拒絶を受けやすいため、具体的な技術手段や構成を、出願前の段階から意識して設計・記載することが重要です。

出典:MPEP,2106 Patent Subject Matter Eligibility [R-10.2019]
https://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/s2106.html

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この記事を書いた人

はじめまして。takahashi(高橋)と申します。
弁理士として12年以上、知的財産の実務に携わってきました。これまでに、特許出願・中間対応・FTO調査・無効資料調査など、累計2,000件以上の案件を担当しています。

中でも、化学・バイオ分野の特許を中心に、多くのご依頼をいただいております。
これまで、国内の食品素材メーカーおよび都内中堅の特許事務所に勤務し、現在は弁理士法人の代表として、国内外のお客様の知財戦略を日々サポートしています。

趣味は散歩と弓道。心身のバランスを整える大切な時間です。

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