企業の技術革新を促すために、多くの国が税制を通じて研究開発(R&D)を支援しています。しかし、そのアプローチは国によって大きく異なります。日本では「研究に使った費用」に対して優遇措置を設けていますが、欧州では「特許などの知的財産から得た収益」に低税率を適用する「パテントボックス制度」が広く導入されています。本記事では、この両者の仕組みと特徴を比較しつつ、日本で2025年度から予定されているInnovation Box制度も併せて整理します。
1.日本のR&D減税 ― 費用ベースで研究投資を後押し
日本では、研究開発に投じた費用の一部を法人税額から控除できる「研究開発税制(R&D減税)」が利用可能です。対象は研究員の人件費、実験材料費、外注費など幅広く、一定割合(最大で25%程度、中小企業にはさらに優遇)が控除されます。
この仕組みの利点は、研究段階で利益が出ていない企業にもインセンティブが働く点にあります。赤字企業でも控除を繰り越して活用しやすく、基礎研究や探索的な技術開発にも広く適用されます。一方、課題としては、研究費用の支出に偏っており、知財活用や収益化に直接つなぐインセンティブが弱い点が挙げられます(商業化の動機付けの不足)。
2.欧州のパテントボックス制度 ― 成果ベースで知財収益を優遇
欧州では、特許などの知的財産権からの収益に対して、通常より低い法人税率を適用する「パテントボックス制度」が導入されています。たとえば、英国では特許関連所得に10%の税率が適用され、オランダ(イノベーションボックス)は約9%の制度があります。またスイスでは、州によって最大で特許収益の90%を課税所得から除外する体制です。
制度の対象は、特許のライセンス収入・製品販売収益・侵害訴訟賠償などであり、いわゆる「成果」に対して大きな優遇が行われます。この制度により企業は、研究開発を単なる費用ではなく、戦略資産として位置づける傾向があります。一方、租税回避策への懸念もあり、OECDのBEPS対策に基づく「ネクサス要件」の適用が進められています。これにより、実際にその国で研究開発が実施されていることがインセンティブ適用の条件となっています。
3.日本にもInnovation Box制度が導入予定(2025年度〜)
日本政府は、欧州型の成果ベース優遇制度を導入すべく、2025年4月1日から2032年3月31日までの7年間にわたり、成果ベースの税制措置「Innovation Box制度」を設けます。
対象は、日本国内で研究開発されたAI関連プログラムの特許や著作権などの知的財産による収益です。具体的には、ライセンス収入やIP譲渡による利益に対し、30%を所得控除できます。
ただし、控除には上限があります。控除対象となる金額は、「対象IP収益 × (そのIP開発に直接関係する支出 / 総開発支出) × 30%」という計算式で算出され、控除額は「控除前の当期所得の30%」までに制限されます。これを上回る部分は控除不可・繰り越しも不可です。
さらに、適用にはいくつかの制限があります:
・関連当事者間の売買・ライセンス(例:外国子会社との取引)から得た収益は対象外。
・Embedded royalties(製品に含まれるロイヤリティ収入)は除外。
・「日本の国際競争力向上に貢献する知財」であることが必要で、METIへ申請・許認可が必要とされています。
4.比較表:日本と欧州の制度、そして日本の新制度
制度 | 対象 | 優遇内容 | 備考・課題等 |
---|---|---|---|
日本:R&D減税(費用型) | 研究費用 | 法人税から費用の一定割合控除 | 商業化への動機づけが弱い |
欧州:パテントボックス制度 | 特許等知財からの収益 | 法人税率を大幅に低減 | 過度な最適化への懸念あり(ネクサス要件あり) |
日本:Innovation Box制度 | AI特許等知財からの収益 | 30%を所得控除(2025〜) | 控除上限・関連当事者取引排除など制約あり |
5.まとめ ― 日本への示唆
R&D減税制度とパテントボックス制度、どちらが優れているというよりも、「研究段階を支援」と「成果段階を支援」という補完的なアプローチといえるでしょう。また、研究投資から事業化への橋渡しをいかに強化するかが課題となります。将来的に「知財収益をどう国内に還元するか」を軸に、制度設計が議論される可能性もあるでしょう。
出典1:経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/tax/innovation_tax_guideline.pdf#page=8.32
出典2:経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/tax/tax_guideline.html
出典3:各国のパテントボックス税制の概要
https://www.pwc.com/jp/ja/tax-articles/assets/sk-2013-05-01.pdf