7月に入って、毎日ほんとうに暑いですね。
朝から蒸し暑くて、なんだか体が重だるい。「あれ?夏バテかも」と感じている方も多いのではないでしょうか。そんなとき、香ばしく焼けたウナギのかば焼きに、甘辛いたれの香り…ごはんの上にのせたらもう最高です。昔から「土用の丑の日」にウナギを食べると元気が出るって言われてきましたよね。
でも最近、「天然の二ホンウナギが減っている」なんてニュースを耳にしたことがある人もいるかもしれません。実は今、そんなウナギを“卵から大人になるまで”人の手だけで育てる「完全養殖」が注目されています。実用化されれば、ウナギを守りながら、これからも安心しておいしく食べられる未来がやってくるかもしれません。
今回の記事では、この「ウナギの完全養殖」に挑む研究について、ちょっとワクワクするお話をご紹介します。
1.世界初のウナギ完全養殖、日本のバイオ技術が支えた快挙
ニホンウナギの資源減少が深刻化する中、2010年、水産総合研究センター(現在の「水産研究・教育機構」)は、世界で初めて「ウナギの完全養殖」に成功しました。
これは、ウナギの卵を人工的にふ化させ、稚魚から成魚へと育て、さらにその成魚から採取した卵を再びふ化させるという、一連のライフサイクルを人の手で再現したものです。
また、この完全養殖サイクルの一部に応用されている技術のうち、特に魚類の「成熟誘導」に関する技術は、2010年2月22日に特許出願されました(特許第5783522号)。その後も、関連する研究は継続的に進められています。
さらに、昨年公開されたNHKの特集記事(「完全養殖のウナギ 味は?価格は?研究状況の報告会 水産庁」※現在は閲覧不可)では、最新の研究成果や今後の課題についても紹介されていました。
出典1:特許情報プラットフォーム
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-5783522/15/ja
出典2:NHK 「完全養殖のウナギ 味は?価格は?研究状況の報告会 水産庁」(2025年7月現在は閲覧不可)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240704/k10014501061000.html
2.長年の研究開発が導いた技術的ブレークスルー
日本国内でウナギの完全養殖に関する研究が始まったのは、1960年代にさかのぼります。1973年には、北海道大学の研究チームが世界で初めてウナギの人工ふ化に成功しました。
それ以降も、30年以上にわたって地道な研究が続けられ、技術の積み重ねが最終的な完全養殖の実現へとつながったのです。
3.特許第5783522号の解説──ウナギの成熟を可能にした技術的工夫
この特許は、水産総合研究センターによって出願されたもので、ウナギの完全養殖における大きな課題のひとつ、養殖環境下での成熟停止に対応する技術が記載されています。
従来、養殖されたウナギは、養殖環境によるストレスなどの影響で、卵黄形成の初期段階で成熟が停止し、自然な繁殖が困難とされていました。
この課題に対し、発明者らは、哺乳類細胞を用いて魚類のGTH(性腺刺激ホルモン)タンパク質を発現させる手法を開発しました。この方法により、哺乳類型の糖鎖が付加された魚類GTHタンパク質を得ることに成功しています。
この哺乳類型糖鎖には、魚類GTHタンパク質の構造を長期間安定化させる作用があり、それによってウナギの養殖魚における成熟誘導が可能になりました(特許明細書にて実験済み)。
用語解説:技術内容を理解するために
・「哺乳類細胞」
医薬品の製造などで一般的に使用される培養細胞で、安定したタンパク質の生産が可能です。本発明では、特殊な糖鎖を付与した「魚類GTHタンパク質」を合成するために、この哺乳類細胞が用いられています。
・「魚類GTHタンパク質」
魚類の成熟を誘導するホルモンで、性腺の発達や卵の成熟を促進する重要な働きを担っています。
・「糖鎖」
糖が鎖状に連なった構造体で、どの種類の糖がどのように、どれくらい連結するかによって、その機能が大きく変わります。
本発明で用いられている「哺乳類型糖鎖」には、魚類GTHタンパク質の構造を生体内で長期間安定化させる働きがあり、これによってタンパク質の分解が抑えられ、ウナギの成熟誘導効果が高まります。
これにより、「ウナギ等の人為催熟が困難であった魚種についても、人工種苗が生産でき、完全養殖を行うことが可能」となりました。
4.いまなお残る課題
ただし、現在の完全養殖はあくまでも技術的に可能となった段階であり、商業規模での安定的な供給にはまだ至っていないのが実情です。
2013年に出願された後続の特許公開情報(出典3)によれば、ウナギの仔魚(レプトセファルス)を育成するには、極めて繊細で手間のかかる作業工程が必要とされており、「年間に生産できるシラスウナギの数も数百尾にとどまる」と記載されています。
出典3 特許情報プラットフォーム
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-6209804/15/ja
したがって、今後の最大の課題は、次の2点に集約されます。
- 生産効率の飛躍的な向上
- 価格低減による商業流通の実現
この分野では現在も、水産研究・細胞培養・飼料開発など多様な分野が連携し、課題解決に向けた取り組みが進められています。今後の技術的進展に大きな期待が寄せられています。
※これらの課題に関する特許情報は、第3弾「③ウナギ完全養殖の未来へ ― 最新の特許情報から読み解く技術動向」にてご紹介します。
5.持続可能な未来に向けて
ウナギの完全養殖技術は、乱獲や密漁による資源の枯渇を克服する手段として、持続可能な食糧供給モデルの一例として世界的に注目されています。
これは単なるウナギの養殖技術にとどまらず、日本の水産バイオ分野を代表する技術的成果とも言えるでしょう。
将来、この技術が私たちの食卓を支える「縁の下の力持ち」となる日が来るかもしれません。