こんにちは。弁理士の高橋です。食品に関する発明では、製品の構造や成分を詳細に記載することが難しいケースが多くあります。例えば「A菌を使って48時間発酵させた豆乳から得られるヨーグルト」や、「高圧乳化機を用いた特定の分散状態のドレッシング」など、製造方法によって得られる構造や特性が決まる製品が多いためです。
こうしたときに使われるのが、「Product-by-Process(PBP)クレーム」と呼ばれる請求項の書き方です。これは、製品自体を請求しているが、その特定の手段として製造方法を記載する形式です。
PBPクレームの例:
「A菌で48時間発酵させた豆乳を原料とするヨーグルト。」
では、このようなPBPクレームは、日本・アメリカ・ヨーロッパでどのように取り扱われるのでしょうか?今回は、審査段階・権利行使段階での違いを比較しながら、食品分野での実務的注意点を紹介します。
1.日本におけるPBPクレームの取り扱い
日本では、特許庁が2015年に審査基準を大きく改訂しました。
基本的に、製造方法によって特定されるPBPクレームは、物の発明として不明確(特許法36条6項2号違反)と判断されます。ただし、以下のような例外的事情があれば認められます。
「不可能・非実際的事情」の要件(例外):
・出願時において、その物を構造や特性で直接特定することが不可能または非実際的である。
例:発酵食品のように、微生物代謝によって構造が複雑に変化し、結果物を明確に記載できない場合
また、審査でこれが認められても、特許権侵害の判断は「物の同一性」に基づきます。つまり、製造方法が同じでも結果物が異なれば非侵害、逆に製造方法が異なっていても同じ結果物であれば侵害と判断され得ます。
2.アメリカにおけるPBPクレームの取り扱い
アメリカでは、審査段階ではPBPクレームが比較的自由に認められます。しかし、問題は権利行使段階です。
有名な判例として、Abbott Labs. v. Sandoz(566 F.3d 1282, Fed. Cir. 2009)があります。この事件では、PBPクレームについて、クレーム中に記載された製造方法によって特定される物と認定されました。
その結果、クレームに記載された製造方法と異なる方法で得られた製品は、たとえ同一構造であっても、非侵害と判断されたのです。
これは日本とは正反対の扱いといえます。食品製品では同様の構造を様々なプロセスで作り得るため、アメリカではPBPクレームは慎重に扱う必要があります。
3.ヨーロッパにおけるPBPクレームの取り扱い
ヨーロッパ(EPO)では、PBPクレームは明確性要件(EPC 84条)を満たす限り、基本的に認められます。
しかし以下のような条件があります:
・製品をその構造や特性によって十分に特定できない場合に限る(例:酵素変性で得られるタンパク質など)
・明細書で製造方法と製品特性の関係が明確に示されている必要がある
EPOでも、特許侵害の判断はあくまで製品そのものの同一性に基づき、製造方法には依存しません。したがって、日本と近い実務運用といえます。
4.実務的まとめ:食品分野でのPBPクレームは慎重に
以下に日米欧のPBPクレーム取り扱いを簡潔にまとめます:
項目 | 日本 | アメリカ | 欧州 |
---|---|---|---|
審査段階 | 原則不可。例外あり(不可能・非実際的) | 原則認められる | 原則認められる(構造特定が困難な場合) |
権利行使 | 結果物で判断(製法不問) | 製法で判断(製法相違=非侵害) | 結果物で判断(製法不問) |
食品のように、製造工程が結果物に大きく影響を与える分野では、特にPBPクレームの扱いが難しくなります。
また、米国ではPBPクレームだけに頼るのはリスクが高く、別途「構造特定型」や「機能特定型」のクレームを併記する工夫が必要です。一方で、日本や欧州では、結果物に着目した特許戦略を立てやすい傾向にあります。
個人的には、出願時に想定される引例と比較して、製法の違いによって生じる製品の構造や特徴が引例と異なることを、データ等により裏付けられない場合には、PBPクレームは設定しないようにしています。また、クレームの一部に製法的な記載が含まれている場合でも、PBPクレームとみなされる可能性が高いため、注意が必要です。
5.おわりに
食品特許で「構造が不明確」「変動が大きい」といった課題に直面したとき、PBPクレームは一つの有効な手段となり得ます。しかしその有効性は国によって大きく異なり、権利化できても「使えない特許」となるリスクもあります。
国ごとの運用を理解し、食品開発の実態に合った柔軟なクレーム戦略を取ることが、国際的な特許保護において不可欠です。
出典1:特許庁「特許・実用新案審査基準(第II部第2章)」
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0203.pdf
出典2:Abbott Labs. v. Sandoz, 566 F.3d 1282 (Fed. Cir. 2009)
https://www.courtlistener.com/opinion/208706/abbott-laboratories-v-sandoz-inc/
出典3:EPO Guidelines for Examination (F-IV, 4.12)
https://www.epo.org/en/legal/guidelines-epc/2024/f_iv_4_12.html