【米国特許実務】米国で特許年金が「価値連動型」に?新制度がバイオ・医薬・食品業界に与える影響とは

こんにちは。弁理士の高橋です。2025年7月、米国で検討中の「特許年金(maintenance fee)」の大幅な制度変更案が話題となっています。
これまでの定額制から一転、特許の「経済的価値」に応じた年間維持費(1〜5%)を課すというものです。

本記事では、この制度案の背景と内容、そしてバイオ・医薬・食品業界で実務に関わる方に向けて、押さえておくべきポイントと対応策を解説します。あわせて、日本や欧州との比較にも触れます。

1.制度案の概要:特許に“年金課税”?
米国特許商標庁(USPTO)では現在、特許成立後の3.5年、7.5年、11.5年の3回に分けて特許年金(maintenance fee)を徴収しています。

ところが今回検討されている制度案では、これに代わって、「特許の価値」に応じて毎年1〜5%を課すという案が浮上しました。

例えば、特許価値が1,000万ドル(約14億円)と評価された場合、年に最大50万ドル(約7,000万円)の維持費を支払う必要が生じます。この仕組みは、従来の定額制度に比べて大企業には影響が小さく、スタートアップや中堅企業には非常に大きな負担となる可能性があります。

2.バイオ・医薬・食品関連企業が受ける影響とは?
バイオ・医薬・食品分野では、製品化までに長い時間と高額な研究開発費がかかる上、特許の数が技術的優位性と信用力に直結します。この制度案が導入された場合、以下のような影響が想定されます。

2-1.中小企業やスタートアップの資金圧迫
医薬、機能性食品、酵素・微生物系の技術等は、特許価値が高く評価される傾向があります。
その結果、維持費が高額化し、資金調達前後のスタートアップにとっては致命的な負担になるおそれがあります。

2-2.特許価値評価の透明性とリスク
「1〜5%」という課金基準が設けられた場合、その前提となる特許価値の評価方法が極めて重要になります。
評価方法が不透明なまま課金が進めば、税務調査やライセンス交渉時のトラブルにもつながりかねません

3.実務で取りうる対応策
このような動きに備え、企業は特許維持戦略を見直す必要があります。以下のような手段が検討可能です。

3-1.仮出願制度の活用
米国出願を第1国出願として検討している場合には、仮出願制度(Provisional Application)を活用できます。これにより、最大1年間、低コストで出願検討が可能です。この間に市場性・他社状況・技術実現性を精査し、価値のある特許のみ本出願する戦略が有効です。

3-2.年金コストの分散:共同出願・特許プール
コア技術については、業界内で共同出願・共同管理・ライセンス収益分配を行うことで、維持費負担を抑えることもできます。

4.日本・欧州との制度比較:なにが違う?
この米国の制度案を理解する上で、日本・欧州との違いを把握することも重要です。

4-1.日本の特許年金制度
日本では、特許登録日を起算日として、登録料(特許料)を年単位で納付します。
初回は1~3年分を一括納付が必須で、4年目以降は「毎年」または「複数年分」の選択が可能です。
年を追うごとに登録料は段階的に増額します。
また、中小企業・大学・個人などに対する減免制度があります

4-2.欧州の特許年金制度
欧州では、出願日を基準として毎年年金が発生します(出願3年目以降)。
年を追うごとに年金が増額します。
また、特許成立後は、移行先の各加盟国で個別に年金を納付する必要があります。
なお、2023年導入のユニタリーパテント制度では、特定国に限り一括納付管理が可能になりました。

5.まとめ:実務にどう向き合うか?
米国の「価値連動型年金」制度はまだ提案段階ですが、もし導入されれば、出願数や維持戦略に根本的な見直しが必要になります。特に、バイオ・医薬・食品分野は、実用化までの期間が長いため、特許が価値を持ち始めるまで時間がかかります。

それにもかかわらず価値連動で課税されれば、将来性のある技術が特許維持できず埋もれてしまうリスクもあります。知財担当者としては、書類処理を超えて、経営・研究開発・ファイナンスとの接点を意識しながら、出願・維持の判断ができる視点を身につけることが求められます。

出典:The Wall Street Journal
https://www.wsj.com/politics/policy/patent-system-overhaul-18e0f06f?st=DtewnY&reflink=article_copyURL_share

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Yoshiharu Takahashi(高橋)と申します。都内特許事務所にて弁理士として12年以上活動し、特許出願、FTO調査、無効資料調査など、これまでに累計2,000件以上の案件を担当してきました。主に化学・バイオ分野を中心に、国内外の知財戦略を幅広くサポートしています。

弁理士業務のかたわら、「食品×知財×経済」の交差点から現場の知見を発信しています。記事に関するご質問や、国内外特許に関するご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。特許のご相談については、フォーム送信後、所属事務所より折り返しご連絡いたします。

目次