【欧州特許実務】”Could-Wouldアプローチ”とは?

〜日本の「容易想到」とどう違う?食品分野にも影響あり〜
こんにちは。弁理士の高橋です。
今回は、欧州特許庁(EPO)への出願で避けて通れないキーワード、「Could-Wouldアプローチ」について解説します。特に、食品特許に携わる方にとっては、「こんな発明がなぜ進歩性なしとされるの?」と感じる場面があるかもしれません。その裏には、この”Could-Wouldアプローチ”という、EPO独特の進歩性判断のロジックがあります。”Could-Wouldアプローチ”は、進歩性判断の全体のフレームワークとなる”Problem–Solution アプローチ(PSA)”の運用の一部、いわば勝負所のみを取り扱う判断基準です。

1.日本の「容易想到」とは何が違うの?
日本では、「周知技術を組み合わせれば到達可能だったか?」という視点で進歩性を判断します。
一方、EPOでは以下のような考え方を取ります:
Could(できたか) だけでは不十分
・技術者がWould(したであろう)、つまり「そうする動機があったか?」まで問われます。
この「Wouldの壁」こそが、日本の感覚で進歩性があると思っていた発明が、EPOでは拒絶される最大の理由のひとつです。

2.実例:「乳酸菌×甘味料の飲料」で考える
例えば、以下のような出願を考えてみましょう。
【発明の概要】乳酸菌飲料にキシリトールを加えることで、整腸作用を強化しつつ糖質カット
・【日本】→ キシリトールは周知の甘味料 → 容易に想到できたとされ進歩性が否定される可能性もあります。
・【EPO】→ 文献A(乳酸菌飲料)と文献B(キシリトールの整腸効果)を組み合わせたとき…
ここでEPOが問うのは以下の点です:
「乳酸菌飲料を開発していた技術者が、整腸作用を高めるためにキシリトールを進んで使おうと思った(Would)か?」
つまり、技術的に「できた(Could)」では足りず、「するだけの動機やヒントがあったか(Would)」が必要なのです。

3.なぜ「Would」が要求されるのか?
EPOでは、「技術の予測可能性」だけでなく、「技術者の行動の合理性」が問われ、
審査官は以下のような視点で進歩性を考えます:
「確かに組み合わせは可能かもしれない。でも、技術者がそのような組み合わせを実際に試す理由がどこにあるのか?
この「技術的動機づけ(technical motivation)」があって初めて、「その組み合わせは容易だった」とされ、進歩性が否定されるのです。

4.どんなときに「Would」は成立する?
以下のようなケースでは、「Wouldがある(=進歩性を欠く)」と見なされやすいです:

状況説明
文献同士の目的が共通両方の文献で「整腸作用の強化」という目的が一致している
二次文献に「Aの改良に使える」と書かれている文献Bに「キシリトールは発酵飲料に適する」と明記されている
文献にヒント・推奨がある「○○技術に使うとよい」と記載がある

逆に、次のようなケースでは進歩性が認められやすくなります

状況説明
組み合わせの方向性が逆文献Bに「キシリトールは発酵を阻害する可能性がある」と書かれている
分野が異なりすぎる乳酸菌飲料と、農業用肥料の文献など
技術課題の解決が意外「組み合わせたらpHが安定した」という予測困難な効果がある

5.実務者としてどう備えるべきか?
Could-Wouldアプローチを踏まえたEPO対策として、以下がポイントになります。
意外な技術的効果 を明示する(=Wouldを否定できる)
・出願時に先行技術との差異とその意義をしっかり説明する
・補正制限が厳しいEPOでは、出願時にバリエーションや課題を多めに書いておく
特に食品系の発明では、味覚・機能・食感などの変化を「予想外の効果」として客観的に説明できるかどうかが、進歩性の突破口となります。

6.まとめ
Could-Wouldアプローチは、EPO独自の進歩性判断のルールです。日本出願の感覚で進歩性があると思っても、「Would=技術者がそれを選ぶ動機」がなければアウトになる可能性がある点は、要注意です。

食品特許においても、こうした審査基準の違いを知っておくことは、欧州での権利化成功率を大きく左右します。「できた」だけでなく、「する理由があったか?」という問いに、論理とデータで答えられるように備えておきましょう。

出典1:EPO Guidelines for Examination, Chapter VII, 5.Problem-solution approach
https://www.epo.org/en/legal/guidelines-epc/2024/g_vii_5.html?utm_source=chatgpt.com

出典2:EPO Guidelines for Examination, Chapter VII, 5.Problem-solution approach, 5.3 Could-would approach
https://www.epo.org/en/legal/guidelines-epc/2025/g_vii_5_3.html?utm_source=chatgpt.com

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この記事を書いた人

はじめまして。takahashi(高橋)と申します。
弁理士として12年以上、知的財産の実務に携わってきました。これまでに、特許出願・中間対応・FTO調査・無効資料調査など、累計2,000件以上の案件を担当しています。

中でも、化学・バイオ分野の特許を中心に、多くのご依頼をいただいております。
これまで、国内の食品素材メーカーおよび都内中堅の特許事務所に勤務し、現在は弁理士法人の代表として、国内外のお客様の知財戦略を日々サポートしています。

趣味は散歩と弓道。心身のバランスを整える大切な時間です。

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