【欧州特許実務】食品用途発明における「in vivo」の境界とは?〜マウス細胞試験では不十分?特許性を支える実験データの考え方〜

こんにちは。弁理士の高橋です。
近年、食品素材における機能性の科学的検証が進み、プロバイオティクスや植物由来成分など、医薬品と遜色ない研究レベルの成果も増えてきました。
その一方で、欧州特許庁(EPO)に出願する際には、医薬用途と食品用途で審査基準が大きく異なることに注意が必要です。

1.医薬用途 vs 食品用途 ― EPOでの審査はどう違う?

観点医薬用途(例:疾病の予防・治療)食品用途(例:整腸、抗酸化、健康維持)
要件Article 54(4)(5) EPC(医薬的使用発明)に該当通常の用途発明として審査される
必要データ治療効果に対するin vivo実験が必須に近いin vitroや簡易なヒト試験でも可(plausibilityの要件は緩やか)
判例傾向T 609/02、T 2001/12などでplausibilityが厳しく問われる機能性であれば比較的柔軟な判断がされる
クレームの表現“Xの治療用の医薬組成物”と限定的“Y作用を付与する食品添加物”など、健康機能を表現することが多い

つまり、「疾病を治療する」か「健康を維持・改善する」かで、求められる実験レベルと記載要件が大きく異なるのです。

このような背景を踏まえ、今回は特に曖昧になりやすい「in vivoとin vitroの境界」について、マウス細胞アッセイなどグレーゾーンの事例を取り上げながら、EPO審査実務の観点から詳しく解説していきます。

2.in vivoとin vitro、その違いは?
まず基本に立ち返って、「in vivo」と「in vitro」の定義を整理してみましょう。

種類説明
in vivo生体内試験(動物やヒトを用いた試験)マウスに食品成分を投与し、炎症指標を測定
in vitro試験管内試験(細胞や酵素を用いた実験)マウス由来の免疫細胞(RAW264.7細胞)でTNF-αの発現を測定

重要なのは、「マウスの細胞を使っていても、in vivoにはならない」という点です。
EPOでは、in vitro試験は原則として「医薬的効果の根拠としては不十分」とされています。

3.医薬的用途発明に必要な“plausibility”とは?
EPO実務では、「医薬的用途(therapeutic use)」の特許性には、科学的もっともらしさ(plausibility)が求められます。この要件は、EPOガイドライン(F-III, 12)や判例(T 609/02, T 1329/04など)を通じて以下のように理解されています:
「in vitroのみでは治療効果のplausibilityを示すには不十分。適切なin vivoモデル(例:マウスモデル)での裏付けが必要」
*ただし、「in vitroにおける薬理効果の証明」においても、「観察された効果が直接的かつ明確にそのような治療への応用を反映している場合」や、示された生理学的活性と疾患との間に「明確かつ広く認められた確立された関係」がある場合には例外的に認められる場合があります。

出典:T 0609/02 (AP-1複合体/SALK研究所) 2004年10月27日
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t020609eu1 

4.「マウス細胞のアッセイ」ではどう評価されるのか?
例えば、以下のようなデータ:
「ポリフェノールAがRAW264.7細胞でTNF-α産生を50%抑制」
これはin vitroデータとしては意義がありますが、「疾患の予防・治療」に結びつくかどうかは不確かとされる可能性があります。EPOではこのようなデータに対して、「動物個体での効果が実証されていないため、plausibilityなし」と判断される例も多くあります。

5.一方、「進歩性」評価ではどうか?
進歩性(inventive step)においては、in vitroデータが補助的に使える場面もあります

例えば:
・既知成分とは異なる作用メカニズムを示唆できる場合(例:新規な炎症経路の抑制)
・予想外の高活性が示された場合
・作用標的が明確で、関連文献と整合性がある場合
このように、in vitroデータだけでは弱いが、課題設定や技術的効果の裏付けとしては使い得るのです。

6.【実務アドバイス】出願戦略のポイント

状況推奨される対応
ヒトや動物試験の準備が難しい初期段階in vitroデータ+信頼できる文献で疾患との機構的関係を補強
疾患用途にするか迷う場合整腸、抗酸化、抗ストレスなどの非治療的用途クレームに切り替えることも一案。食品の機能的効果に切り替える等。
in vivoデータが取得可能な場合EPO向け出願では優先的に添付するべき(後出しは補足にならず新規事項追加のリスクあり)

7.まとめ
・マウス細胞試験は、原則としてin vitro扱いであり、医薬的用途発明のplausibility要件を満たしにくい場合があります。
・in vitroデータだけで進歩性を支えるのは困難ですが、生理メカニズム解明の補助的資料として追記するのは価値があるといえます。
食品の健康用途発明では、治療を謳わないクレーム設計と適切なデータの提出が鍵となります。信頼性の高い文献的裏付けを用意し、in vitroモデルの妥当性を主張する準備をしましょう。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

はじめまして。takahashi(高橋)と申します。
弁理士として12年以上、知的財産の実務に携わってきました。これまでに、特許出願・中間対応・FTO調査・無効資料調査など、累計2,000件以上の案件を担当しています。

中でも、化学・バイオ分野の特許を中心に、多くのご依頼をいただいております。
これまで、国内の食品素材メーカーおよび都内中堅の特許事務所に勤務し、現在は弁理士法人の代表として、国内外のお客様の知財戦略を日々サポートしています。

趣味は散歩と弓道。心身のバランスを整える大切な時間です。

記事へのご質問や、お仕事のご相談は、お問合せフォームよりお気軽にご連絡ください。海外での特許取得支援も承っております。

なお、ブログ更新情報や、特許・食品・投資に関する話題は、今後X(旧Twitter)でも発信していく予定です。ご関心のある方は、ぜひフォローいただけると嬉しいです。

目次