こんにちは。弁理士の高橋です。近年、AIを活用したパーソナライズ食品や製造プロセス最適化の特許出願が増えています。しかし、欧州特許庁(EPO)では「AIを使ったから進歩性がある」とは簡単には認められません。その背景の1つとして挙がるのが、T 641/00(COMVIKアプローチ)です。この記事では、食品業界の知財部が知っておくべきCOMVIKの考え方と、AI発明を技術的に位置づけるための実務ポイントを解説します。
1.COMVIKアプローチとは?
T 641/00(Two identities/COMVIK)は、技術的要素と非技術的要素が混在する発明の進歩性判断に関する欧州判例です。この判例では、発明のクレームに含まれる「技術的要素」だけが進歩性の検討に含まれ、非技術的な要素は課題設定に統合された範囲を除き評価されないとされました。マーケティング要素やビジネスロジックが発明に含まれていても、それ自体では進歩性を支えることはできません。
特に食品発明では、「消費者の嗜好データに基づくメニュー選定」「購買履歴を解析したパーソナライズ」など非技術的要素が入りやすく、このCOMVIKアプローチを意識したクレーム作成が不可欠です。
2.想定事例:AIによるパーソナライズ発酵飲料
例えば次のような発明を想定してみましょう。
【事例】
(特徴1)ユーザーの腸内フローラデータと嗜好データをAIが解析し
(特徴2)最適な乳酸菌の種類・比率を決定し、かつ
(特徴3)発酵タンクの温度やpHを自動制御して飲料を製造する装置A。
一見するとAI+食品で先進的に見えますが、COMVIKでは要素を次のように分解して評価します。
(1)ユーザーデータ解析とレシピ決定
個人向けメニュー選定というマーケティング的要素 → 非技術的要素
(2)AIモデルに基づくタンク制御
発酵プロセスの物理的制御 → 技術的要素
つまり、「誰向けにどんなレシピを作るか」は進歩性に寄与しません。AIの解析結果が具体的な製造条件の制御に結びつき、発酵効率や乳酸菌生存率といった物理的パラメータを改善する場合にのみ、技術的要素と判断され、技術的課題の解決手段として評価されます。
装置Aの特徴の中で、
・特徴1の「ユーザーの」「嗜好データをAIが解析」の処理に、”どの乳酸菌飲料を誰に提供するか”や、”個人向けのレシピ選定”などの意図が含まれている場合は、顧客ニーズやパーソナライズの決定がビジネス・マーケティング的な要素であるため、非技術的要素とみなされ、進歩性判断の対象から除外されます。
・また、「ユーザーの腸内フローラデータ」「をAIが解析」の処理に関しても、その「解析」が単なるユーザー分類・推薦である場合には非技術的要素とみなされ、判断対象から除外されます。
結果として、先ほどの装置Aの事例の進歩性判断は、
(特徴1)(進歩性の判断対象から除外)
(特徴2)(根拠不明な解析結果に基づき)最適な乳酸菌の種類・比率を決定し、かつ
(特徴3)発酵タンクの温度やpHを自動制御して飲料を製造する装置A
について、先行技術との比較が行われる可能性があります。
3.AI部分の扱いで注意すべきこと
AI関連発明では、アルゴリズムやデータ解析部分が非技術的と見なされるリスクがあります。これを避けるには、AIの役割を「物理プロセス」と「技術的効果」に直結させることが重要です。
・悪い例:「ユーザーに合わせた最適レシピを提案する」
・良い例:「AIが学習した菌株モデルを用いてタンク制御を最適化し、発酵時間を20%短縮」
さらに、AIの学習手法自体が工学的に新規であれば、そのアルゴリズムも技術的特徴として進歩性の対象になります。「嗜好データ解析」ではなく、「生体データから直接タンク制御パラメータを学習するニューラルネット」などと記載することで、評価が変わります。
4.実務でのポイント
4-1.課題設定を物理・工学的にする
「消費者満足度向上」ではなく「乳酸菌の活性保持」「成分変性の抑制」「エネルギー効率改善」といった技術課題に置き換えましょう。
4-2.非技術的要素を“単なる目的”にしない
個人化やマーケティング的特徴は課題設定の背景として扱い、進歩性のコアは技術的特徴に置きます。
4-3.AIの技術的寄与を明記
出力が物理プロセスの制御に直接つながること、または学習アルゴリズム自体が技術的であることを明確にします。
5.COMVIKアプローチ(欧州)と日本実務の比較
項目 | 欧州(COMVIKアプローチ) | 日本(特許庁の実務) |
---|---|---|
進歩性評価の対象 | 技術的特徴のみ。非技術的要素は進歩性に寄与しない。 | 「自然法則を利用した技術的思想」に該当すれば評価対象。 |
AIのデータ解析 | レコメンドや個人嗜好の解析は非技術的。製造プロセス制御と結びつけば技術的に。 | 同様に、制御や加工プロセスの改善に寄与する場合のみ評価。 |
課題設定 | 顧客満足度など非技術的目的は不可。製造効率・物理パラメータ改善に置き換える。 | 非技術的課題は技術的課題に変換することが推奨。 |
AIアルゴリズム | 制御・物理プロセスに直結すれば進歩性の対象。 | ハードウェアやプロセス改善に寄与する場合は評価。 |
食品×AIでの注意点 | 個別化や嗜好データはそのままでは非技術的。製造条件や品質改善とリンクさせる必要。 | 同様に「誰向けのレシピ」ではなく「調理条件・成分制御」に結び付けることが重要。 |
6.まとめ
AI×食品の発明は、ビジネスやパーソナライズの要素が強いため、COMVIKアプローチの壁に直面しやすい分野です。しかし、AIの出力を物理的製造プロセスに結びつけ、技術的課題の解決として明確に位置付けることで進歩性を主張できます。食品業界でAIを活用した特許出願を行う際は、「AI→物理プロセス→技術的効果」という因果関係を意識し、クレームと課題設定を設計することが重要です。
出典1:T 641/00(COMVIK)の公式判例(Board of Appeal決定)
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t000641ep1?utm_source=chatgpt.com
出典2:EPOガイドライン(Guidelines for Examination)によるCOMVIK適用例解説
https://www.epo.org/en/legal/guidelines-epc/2024/g_vii_5_4_2.html?utm_source=chatgpt.com