アメリカで承認された「遺伝子編集ナタネ」—その意味と、日本への影響とは?【遺伝子編集①】

2025年、アメリカの農業界で一つの大きなニュースが報じられました。
アメリカ農務省(USDA)が、Cibus社の開発した遺伝子編集ナタネの病害抵抗性および除草剤耐性の2つの形質について、「規制対象外(非規制)」とする判断を下したのです。

これにより、これらのナタネは従来の育種品種と同様に扱われることになり、商業化に向けたハードルが大きく下がることになります。
一見すると専門的なニュースに見えるかもしれませんが、これは今後の世界の農業や日本の食卓にも関係してくる重要なトピックです。

出典1:TCD NEWS LETTER 「US officials give green light on new tech that could change future of agriculture: ‘Critically important’」
https://www.thecooldown.com/sustainable-food/cibus-usda-gene-edited-canola-traits/

1.なぜこのニュースが重要なのか?—アメリカの「非規制」認定の意味
Cibus社が今回認定を受けたのは、
・白かび病(Sclerotinia)への耐性をもつナタネ
・HT2と呼ばれる新しい除草剤耐性ナタネ
の2種類です。どちらも、遺伝子編集技術(gene editing)によって開発されたものであり、従来の「遺伝子組み換え(GMO)」とは異なります。

米国では、外来遺伝子を組み込まない形での遺伝子編集に対しては、規制を緩和する動きが進んでおり、Cibus社のような技術は、「自然界でも起こり得る変異」と見なされ、GMOとは区別されています。

この判断は、病害や雑草への対策がより柔軟かつスピーディに市場へ届けられるという意味で、アメリカの農業イノベーションにとって大きな前進です。

2.日本への影響は?—輸入ナタネと私たちの食卓
日本は、カナダやアメリカから大量のナタネ(主に油用)を輸入しています。
そのほとんどが、すでに遺伝子組み換え品種です。

出典2:バイテク情報普及会HP
https://cbijapan.com/about_use/usage_situation_jp/

今回のCibus社の品種も将来的にアメリカやカナダで本格的に生産されるようになれば、日本に輸入されるナタネの中に含まれる可能性は高いと考えられます。

日本の厚生労働省は現時点では、「外来遺伝子を含まない遺伝子編集食品」については安全性審査は不要としながらも、事前届出制度を採用してトレーサビリティを確保する方針です。

3.遺伝子組み換えと遺伝子編集の違いは?
この点は混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。

項目遺伝子組み換え(GMO)遺伝子編集(Gene Editing)
方法他の生物の遺伝子を導入自身の遺伝子を精密に編集
外来遺伝子含む原則として含まない
BtトウモロコシなどCibus社のナタネなど
規制厳しい一部緩和されつつある

遺伝子編集技術では、CRISPR-Cas9などのツールを使い、ピンポイントで遺伝子の一部を改変します。
結果として、「外から何も加えずに“自前の遺伝子を少し変えただけ”」という扱いになり、自然突然変異とほぼ同じと見なされるのです。

そのため、GMO特有の反対運動や厳格な規制を避けられる可能性があり、世界各国でこの技術の商用利用が加速しています。

4.今後の展望と日本への示唆
今回のUSDAによる非規制認定は、Cibus社にとっては17番目の認定であり、彼らの遺伝子編集技術が安定して機能している証でもあります。

このような遺伝子編集作物が市場に出回ることで、農薬の使用量削減、病害による収量損失の低減、気候変動への対応、など、サステナブルな農業への貢献が期待されています。日本でも気候変動による農業被害が深刻化しつつある今、この技術をどう受け入れるのか?は、重要な政策・社会的テーマとなっていくでしょう。

5.遺伝子編集食品の代表例とその背景
今回USDAがCibus社の「遺伝子編集されたキャノーラ(菜種)」を“規制対象外”と判断したことは、アメリカにおける遺伝子編集作物の商業化が、ますます現実のものとなっていることを示しています。

実は、すでにいくつかの遺伝子編集食品は世界各国で登場しています。

5-1.高GABAトマト(日本)
開発元:サナテックシード社(日本)
特徴:血圧を下げる効果が期待されるアミノ酸「GABA」を多く含むように編集。
発売時期:2021年、苗や実が一般家庭向けに販売開始。
技術:CRISPR-Cas9を使用。外来遺伝子を導入していないため、「遺伝子組み換え食品」表示の対象外

5-2.高オレイン酸大豆(アメリカ)
開発元:Calyxt社
特徴:オレイン酸を増やして、より健康的で酸化しにくい植物油を実現。
使用例:ファーストフードチェーンや食品加工業者などが利用。

6.今後の課題と私たちにできること
遺伝子編集技術は、気候変動・食料危機・健康志向の高まりなどの課題に対応しうる強力なツールです。しかし、それを安心して受け入れるためには、以下のような点が今後ますます重要になるでしょう。
・消費者が情報にアクセスできる仕組み
・科学的・倫理的なリスク評価
・公正な技術の流通と普及

将来、私たちの食卓に並ぶ可能性のある遺伝子編集食品だからこそ、正しい知識を持ち、自分で選べる仕組みづくりが大切ですね。

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この記事を書いた人

はじめまして。takahashi(高橋)と申します。
弁理士として12年以上、知的財産の実務に携わってきました。これまでに、特許出願・中間対応・FTO調査・無効資料調査など、累計2,000件以上の案件を担当しています。

中でも、化学・バイオ分野の特許を中心に、多くのご依頼をいただいております。
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