こんにちは。弁理士の高橋です。
欧州で特許を取得する際、避けて通れないのが「進歩性(Inventive Step)」の判断です。
この進歩性を評価するために、欧州特許庁(EPO)が採用しているのが、Problem-Solution Approach(問題-解決アプローチ, PSA)と呼ばれる手法です。
今回は、このPSAを3つのステップに分けて、仮想事例を交えてできるだけ簡潔にご紹介します。
【仮想事例】
出願発明:大豆粉と小麦粉を、A℃、B時間の条件下で発酵させる工程を含む、糖質オフのパンの製造方法です。また、明細書中には「A℃、B時間の条件下で発酵させる工程」がパンの食感(ふんわり感)の改善に寄与し、大豆粉を含むことで健康効果(血糖値上昇の抑制効果)が記載されています。
引例1(D1):糖質オフのパンを得るために、小麦粉の一部を大豆粉に置き換えた製法です。ただし、このパン食感はややパサついています。
引例2(D2):通常のパン製造において、特定の発酵温度(例:35℃)を採用することで食感が改善されることが示唆されています。
ステップ1:最も近い先行技術の特定(Closest Prior Art)
まずは、出願発明に最も似ていて、技術分野や目的が共通している「最も近い先行技術」を選びます。これは、単に類似しているというだけでなく、発明の出発点として現実的であるか、という観点も重要です。
そして、D1と出願発明の類似点を考えます:
・大豆を使用して糖質を減らしている
・パンの製造工程に関する技術である
ステップ2:客観的技術課題の定義(Objective Technical Problem)
次に、出願発明と最も近い先行技術との「相違点(差異)」を洗い出し、その差異によってもたらされる技術的効果を特定します。そして、その効果に基づいて、発明者の主観ではなく、「客観的に見た技術課題」を定義します。PSAの中核的なポイントです。
・出願発明では、発酵条件を特定しており、これがふんわり食感の維持に寄与している
・出願発明では、血糖値上昇の抑制効果を強調している
このため、技術的効果は:
・ふんわり食感の改善
・健康効果(血糖値上昇の抑制)
であり、「客観的に見た技術課題」を定義します:
「糖質を抑えたパンにおいて、ふんわり食感を実現すること」
ステップ3:自明性の判断(Obviousness)
最後に、その客観的課題に対して、当業者(Skilled Person)が既存の技術文献や常識的知識から容易に発明に到達できたかどうかを検討します。もしその構成が「容易に思いつく」ものであれば、進歩性は否定され、特許性が認められません。
このとき、審査官は、「当業者がD1とD2を組み合わせて、出願発明に至ったであろうか?」を考え、もしも「容易に思いつく」ものであれば、進歩性は否定されます。(詳細は次回説明します。)
なぜProblem-Solution Approachが重要なのか?
このアプローチは、審査の一貫性と客観性を確保するために、EPOで標準的に用いられています。出願人としては、この枠組みに沿って発明の進歩性を主張することで、説得力のある審査対応が可能になります。
EPOと日本の進歩性判断の主な違い
参考までに、EPOと日本の進歩性判断の主な違いを表にして示します。
項目 | 欧州特許庁(EPO) | 日本特許庁(JPO) |
---|---|---|
全体的枠組み | Problem-Solution Approach(3ステップ)を明確に採用 | 包括的判断,「諸事実を総合的に評価」する |
先行技術の選定 | 最も近い先行技術(Closest Prior Art)を出発点とする | 論理付けに最も適した「主引用発明」を選ぶ(主引用発明は複数設定できない) |
技術課題の定義 | 客観的技術課題(Objective Technical Problem)を明確に定義 | 審査官の裁量で、技術課題の定義を明示するか否か判断する |
自明性の判断基準 | Could-Wouldアプローチ:「できる」だけでなく「動機があるか(would)」が必要 | 技術的課題の解決が「容易」であるかを包括的に判断(必ずしも動機の明示は必須でない) |
論理の一貫性 | 審査官は3ステップに基づいて論理構成を示す必要あり | 論理の整合性は求められるが、欧州ほど明文化されていない |
次回予告
次回は、Problem-Solution Approachのステップ3にも深く関わる”Could-Wouldアプローチ”についてご紹介します。”Could-Wouldアプローチ”は、上記ステップ3(自明性の判断)における判断基準の一つです。こちらは、「単にできた」ではなく「する動機があったか」を問うという、重要な考え方です。
どうぞお楽しみに!
出典:EPO Guidelines for Examination, Chapter VII, 5.Problem-solution approach
https://www.epo.org/en/legal/guidelines-epc/2024/g_vii_5.html?utm_source=chatgpt.com