ピットレス・チェリーが変える果物の未来 ― ブラックベリー特許から広がる応用の可能性

1.はじめに
果物を食べるときに感じる小さなストレスといえば「種」や「核」です。スイカやブドウの「種なし品種」にはすっかり馴染みがありますが、次に訪れるイノベーションは「核のないチェリー」、いわゆる ピットレス・チェリー かもしれません。

2025年9月、米国の遺伝子編集スタートアップ Pairwise と果樹大手 Sun World International が、ピットレス・チェリーの共同開発を発表しました。本記事では、Pairwise がこれまでに手がけてきた ブラックベリーにおける遺伝子編集と特許技術 を手がかりに、ピットレス・チェリー実現への道筋と、その市場インパクトを考察します。

2.PairwiseとFulcrumプラットフォーム
Pairwise は米国ノースカロライナ州に拠点を置くアグリテック企業で、CRISPRを中心とした遺伝子編集技術を用い、新しい果物や野菜の開発に挑んでいます。

同社の強みは、Fulcrum™ プラットフォーム と呼ばれる独自の研究基盤にあります。これは、

  • 複雑な遺伝子パスウェイの解析、
  • プロトタイプ植物の作成、
  • 最終的な商用品種の選抜

といった一連のプロセスを効率的に回す仕組みであり、開発サイクルの短縮を可能にします。従来の果樹育種が10年以上を要するのに対し、遺伝子編集とFulcrumの組み合わせなら数年単位で改良が進む可能性があります。

出典1:Pairwise公式HP
https://www.pairwise.com/collaborations-and-products

3.ブラックベリーでの成功例:無種子・無刺の改良
Pairwise の公式情報によると、同社はすでにブラックベリーで以下の特性改良に成功しています。

  • Seedless(種なし)
  • Thornless(トゲなし)
  • Compact stature(コンパクトな樹形)
  • Consistent sweetness(安定した甘さ)

これらは消費者にとって食べやすさや味の一貫性をもたらすと同時に、生産者にとっては収穫効率や管理の容易さを意味します。

4.ピットレス・チェリーへの応用
ブラックベリーで確立された知見は、同じく「種」や「核」を持つ果物、特に 核果(stone fruit) に応用可能です。

核果の核(pit)は「種子+硬い殻(内果皮)」で構成されています。この形成過程を抑制または軟化させるには、果実発育に関わる遺伝子の精緻な制御が不可欠です。

Pairwise がブラックベリーで培った 特性改良のノウハウと特許は、まさにこの応用に役立ちます。果実の構造や遺伝子は異なっても、「種や核の発達をコントロールする」という共通課題があるため、ブラックベリーでの成果はチェリーやモモへの展開に直結しやすいのです。

この点で、Pairwise と Sun World International の協業は、既存の知財基盤を活かしつつ新たな市場を切り拓く戦略的連携 と見ることができます。

5.日本市場へのハードル
とはいえ、日本でピットレス・チェリーを口にできるようになるまでにはいくつかの課題があります。

消費者受容性:果物は「高級品」「贈答品」としての側面も強く、単なる利便性だけでなくブランド価値との両立が求められます。遺伝子編集作物に対するラベル表示やマーケティング手法が、普及の鍵となるでしょう。

時間軸:果樹は育成に時間がかかるため、実際の市場投入は早くても2030年前後、日本での流通は2030年代前半と見込まれます。

規制:日本では2019年以降、遺伝子編集作物に関するガイドラインが整備されました。外来DNAを含まない編集(SDN-1)は比較的導入しやすい一方、外来DNAを伴う場合には食品安全性や環境影響の審査が求められます。すでに「高GABAトマト」が SDN-1 として上市されており、事例として参考になります。

6.まとめ
ピットレス・チェリーは「食べやすさ」という単純な改善のように見えますが、その背景には 遺伝子編集技術の進化、知的財産戦略、規制環境、消費者心理、そして市場経済 が複雑に絡み合っています。

ブラックベリーで無種子化に成功し、(ブラックベリーの技術では)特許(出典3参照)を押さえている Pairwise は、この分野で確かなリードを築いています。今後10年の間に、私たちが口にする果物は見た目や味だけでなく、「テクノロジーと知財の成果物」としての側面をますます色濃くしていくかもしれません。

ピットレス・チェリーの登場は、その未来を象徴する第一歩です。
あなたは “技術で形づくられた果物” を食べるとき、どんなことを思うでしょうか?

出典2:Bloomberg, “After Seedless Grapes, Now for the Pitless Cherry”
https://www.bloomberg.com/news/newsletters/2025-09-19/gene-editing-technology-is-set-to-create-a-pitless-cherry?srnd=phx-economics-v2

出典3:Methods and compositions for modifying endocarp structure in Rubus plants
https://patents.google.com/patent/US12297441B1/en?oq=US12297441

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この記事を書いた人

Yoshiharu Takahashi(高橋)と申します。都内特許事務所にて弁理士として12年以上活動し、特許出願、FTO調査、無効資料調査など、これまでに累計2,000件以上の案件を担当してきました。主に化学・バイオ分野を中心に、国内外の知財戦略を幅広くサポートしています。

弁理士業務のかたわら、「食品×知財×経済」の交差点から現場の知見を発信しています。記事に関するご質問や、国内外特許に関するご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。特許のご相談については、フォーム送信後、所属事務所より折り返しご連絡いたします。

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