未来の食卓を変える!?3Dバイオプリンティングによる嚥下食の新技術

2025年7月、Scientific Reports に掲載された九州大学とカーディフ大学の共同研究が、食と医療の両分野に大きなインパクトを与える可能性を示しました。そのテーマは「3Dバイオプリンティングによる嚥下食の開発」。一見するとSF小説のように聞こえますが、実際には高齢化社会に直結する非常に実用的な研究です。本記事では、その内容を分かりやすく解説し、未来の食のあり方について考えてみます。

1.嚥下障害と嚥下食の課題
嚥下障害とは、加齢や病気などにより「飲み込み」が難しくなる状態を指します。日本をはじめとする高齢化社会では、嚥下障害を持つ人が増加しており、誤嚥性肺炎などの重大な健康リスクにつながることもあります。そのため、嚥下しやすい食事(嚥下食)が必要とされますが、ここには二つの課題があります。
(1)安全性の確保 – 固さや粘度などを調整し、飲み込みやすくする必要がある。
(2)食の楽しみ – 見た目や食感が単調になりやすく、食欲が低下することがある。

研究者たちは、この二つを同時に解決する方法として「3Dバイオプリンティング」に注目しました。

2.3Dバイオプリンティングとは?
通常の3Dプリンターが樹脂や金属を積層して形を作るのに対し、3Dバイオプリンティングは「食材」や「生体材料」をインクとして利用します。今回の研究では、嚥下食に適した「エマルションゲル(乳化ゲル)」が材料として選ばれました。

その構成は以下の通りです:

  • オボアルブミン(卵白タンパク質)
  • キサンタンガム(増粘多糖類)
  • 塩化マグネシウム
  • Tween 80(乳化剤)
  • キャノーラ油

これらを組み合わせることで、嚥下食に必要な柔らかさや粘度を持ち、かつ成形性の高い「食用インク」が完成しました。

3.革新ポイント:電波で硬さをコントロール
今回の研究の最大の革新は、高周波(RF)やマイクロ波(MW)の誘電加熱を活用して、ゲルの硬さを自在にコントロールできる点です。これにより、加熱方法次第で「ふんわり柔らかい食感」から「しっかりした弾力」まで調整が可能になります。

特に200MHzのRF処理を行うと、卵白中のタンパク質が繊維状に凝集し、ゲルの硬さが大きく増すことが確認されました。これによって、単なるプリント食品にとどまらず、「個々の嚥下能力に合わせたオーダーメイド食」が実現できるのです。

4.LEGOロボットを活用したプリンター
意外なことに、この実験で使用された3Dプリンターは、市販の「LEGO Mindstorms EV3」を改造したものです。研究者たちは、安価で汎用性の高いプラットフォームを用い、そこにRF・MW加熱モジュールを組み合わせることで、複雑な装置を使わずに新技術を検証しました。この柔軟な発想もまた、研究の魅力のひとつです。

5.結果と可能性
研究チームの実験では、バッチ処理と同等のテクスチャーを持つ嚥下食の3Dプリントに成功しました。これにより、患者の状態に応じて安全性と嗜好性を兼ね備えた食事を作ることが可能となります。

さらに、この技術の応用範囲は嚥下食にとどまりません:

  • 培養肉や代替肉の開発
  • 医療用ハイドロゲルなど生体材料の作成
  • 見た目や食感を重視した新しい食品デザイン

食品科学と医療工学を横断する革新的なプラットフォームとして、今後の広がりが期待されます。

6.投資・ビジネスの観点から
もしこの技術が実用化されれば、嚥下食市場だけでなく、代替肉や機能性食品市場にも大きなインパクトを与えるでしょう。特に日本のように高齢化が進む国では、医療・介護分野との連携が進み、ヘルスケアビジネスの新しい柱となる可能性があります。また、低コストの装置で実現可能な点は、スタートアップ企業の参入を後押しするかもしれません。

7.まとめ
「3Dバイオプリンティング+電波加熱」という一見ユニークな組み合わせが、実は社会的なニーズに直結した実用的な解決策となり得ることを、この研究は示しました。嚥下障害を持つ人々にとって安全で楽しい食事を提供するだけでなく、未来の食産業や医療技術の可能性をも切り開くものです。

高齢化が進む日本において、このような研究は単なる学術的興味にとどまらず、私たちの生活を変える実用的な技術として注目すべきでしょう。数年後、介護施設や病院で「3Dプリントされた嚥下食」が当たり前になっている未来も、そう遠くないかもしれません。

出典:S. Y. M. Hassan, Y. Ishihara, T. Tanaka, et al.,
“Radiofrequency and microwave 3D bioprinting of emulsion gel for dysphagia diets,”
Scientific Reports, vol. 15, article 25023, July 11, 2025.
https://www.nature.com/articles/s41598-025-06804-1

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この記事を書いた人

takahashi(高橋)と申します。弁理士として12年以上、特許出願・FTO調査・無効資料調査など、累計2,000件以上の案件を担当。化学・バイオ分野を中心に、国内外の知財戦略をサポートしています。

食品・知財・投資の交差点から現場の知見を発信中。記事へのご質問や国内特許・海外特許のご相談は、お問合せフォームよりお気軽にどうぞ。

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