気候変動と病気で揺れるカカオ産業——スニッカーズのマースが遺伝子編集で挑む未来

1.カカオが「ピンチ」になっている理由
コンビニやスーパーでよく見るスニッカーズやM&M’sなどを作るのは世界的なメーカー、Mars(マース)です。そんなチョコレートの主原料であるカカオ豆が近年、供給面で厳しい状況にあります。原因は複合的ですが、今回は気候変動と病害を中心に見ていきます。

気候変動:カカオの栽培は高温多湿の熱帯地域に依存しており、主要生産国である西アフリカ(コートジボワールやガーナなど)では異常気象や干ばつ、極端な雨量変動が観測されています。これが生産性を下げる要因になっています。

病害虫:特に「ブラックポッド病」は Phytophthora 属の病原が原因で、雨による拡散で被害が広がりやすく、収量を大きく減らすことがあります(重篤な場合は木自体を失うこともあります)。

こうした要因で供給が逼迫し、2024〜2025 年にかけて先物価格は上昇傾向にあります。

US Cocoa — Investing.com
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2.Mars が選んだ「遺伝子編集」という選択肢
この供給問題に対応するため、Mars は米バイオ企業 Pairwise と協業し、同社の遺伝子編集プラットフォーム Fulcrum™(同社が提供する一連のツール群)を活用してカカオの耐病性や生産性向上を目指すと発表しました。

Pairwise は過去に Broad Institute や MGH(Massachusetts General Hospital)から CRISPR などの技術をライセンスしており、自社ツールを農業向けに整備しています。Mars はそのツールを使って特性改良を加速する狙いです。

3.「遺伝子編集」と「遺伝子組み換え(GMO)」の違い(簡単に)
・遺伝子組み換え(GMO):別の生物由来の遺伝子を導入して新しい性質を付け加えることが多い。

・遺伝子編集(Genome Editing):カカオ自身がもともと持つ遺伝子配列を狙って切る・修正することで、性質を変える手法。外部の遺伝子を入れるとは限らないため、手法や規制の扱いが国によって異なります。

4.CRISPR 酵素(Cas9 と Cas12)の違い(やさしく)
Cas9:広く使われる酵素で、一般に「ほぼブランチ(切断面が揃う)を作る」とされます。
(実際はターゲットやガイドにより小さなオーバーハング(overhang)*が出ることもあります。)

*【補足~ブランチとオーバーハングの違い】
DNA は二本鎖のらせん構造をしていて、遺伝子編集酵素(例:Cas9, Cas12a)が切断すると、切断面の形が2種類の形になります。
**ブランチエンド(blunt end):2本の鎖を同じ位置で切るので、断端がピタッと揃う。シンプルで修復が比較的早い一方で、外来配列を差し込む時、方向性がつけにくい。
**オーバーハング(sticky end):片方の鎖を数塩基分だけずらして切るため、切断面に「飛び出た片側の短い一本鎖」ができる。飛び出した部分が相補的な配列とくっつきやすく、方向性を持ったDNA挿入や接合ができる一方で、設計次第で思わぬ結合や異常修復が起きる可能性がある。

Cas12a(以前は Cpf1):切断の際に5´末端側に 4–5 塩基程度のオーバーハングを作ることが多く、特定の改変に有利とされます。

Cas12b 系:一部のオルソログ(系統)は比較的高温下でも安定に機能するものが報告されており、環境や用途に応じて選択されます。

注:酵素ごとに利点・欠点があり、現場では目的に応じて最適なツールを選びます。

5.Cas9とCas12の特徴

名前特徴
Cas9最も普及している遺伝子編集酵素。DNAを切る際に両端を、一般にまっすぐ切断(ブラン トエンド)する。広く研究や農業分野で利用されている。
Cas12a(Cpf1)DNAを切るときに「粘着端(sticky end)」を作る。複数箇所を同時に編集しやすい。
Cas12b(C2c1)Cas12aとは異なる切断特性を持ち、より高温環境でも比較的安定して働く。

6.期待される効果と留意点
耐病性・乾燥耐性などを高めれば収量の安定化や農地の効率化(森林破壊抑制)につながる可能性があり、結果的に価格変動が抑えられる期待があります。Pairwise の Fulcrum™ はこうした改良を高速化するためのプラットフォームです。
一方、実用化には(1)技術的検証、(2)現地での栽培・生産性の確認、(3)各国の規制承認、(4)消費者の受容、という段階が必要です。

7.まとめ
カカオ産業は気候変動や病害の影響を受けており、2024〜2025 年にかけて先物価格が上昇しています。Mars は Pairwise と協業し、遺伝子編集プラットフォームを用いて耐病性・収量性の改良を進めると発表しました。これは将来的にカカオ供給の安定化に寄与する可能性がありますが、実用化には技術的・規制的ハードルと社会的合意が必要です。
ただし、この技術が実用化されれば、農業や食品産業の常識が大きく変わるかもしれません。

出典1:Snickers maker Mars to use gene-editing in pursuit of stable chocolate supply – Food Dive(2025年8月7日)
https://www.fooddive.com/news/mars-gene-editing-cocoa-chocolate-shortage/757116/

出典2:Mars and Pairwise Collaborate to Accelerate Cacao Research and Development – Pairwise(2025年8月6日)
https://www.pairwise.com/insights/mars-and-pairwise-collaborate-to-accelerate-cacao-research-and-development

出典3:Our Fulcrum™ platform: CRISPR in agriculture – Pairwise(Technologyページ)
https://www.pairwise.com/technology

出典4:Pairwise licenses CRISPR technologies from MGH and Broad Institute – AgroPages(2019年3月22日)
https://news.agropages.com/News/NewsDetail—29800.htm

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この記事を書いた人

takahashi(高橋)と申します。弁理士として12年以上、特許出願・FTO調査・無効資料調査など、累計2,000件以上の案件を担当。化学・バイオ分野を中心に、国内外の知財戦略をサポートしています。

食品・知財・投資の交差点から現場の知見を発信中。記事へのご質問や国内特許・海外特許のご相談は、お問合せフォームよりお気軽にどうぞ。

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