サンマといえば、日本の秋の味覚を象徴する魚。しかし近年、その漁獲量は急激に減少しており、2008年に35.5万トンあった水揚げが、2021年にはわずか2万トンにまで落ち込みました。漁獲資源の枯渇とともに価格も高騰し、「庶民の魚」であったサンマは、いまや高級魚の仲間入りをしつつあります。この状況を打破する手段のひとつが「養殖」ですが、サンマは長らく養殖が難しい魚とされてきました。その理由と、今回の技術的なブレイクスルーについて掘り下げてみましょう。
1.なぜサンマの養殖は難しかったのか?
他の養殖魚(ブリ、マダイ、クロマグロなど)と比較すると、サンマにはいくつもの「養殖不向きな特徴」がありました。
・回遊性が極端に強い
サンマは外洋を大規模に回遊する魚で、狭い水槽や生け簀では壁に衝突して傷つきやすく、生存率が著しく低下します。クロマグロも回遊性が強い魚ですが、サンマはより小型かつ繊細で、ぶつかればすぐに致命傷となるのです。
・飼育下での餌付けの難しさ
サンマは自然界ではプランクトンや小魚を摂取しますが、水槽内で人工飼料に適応させるのが難しい魚です。与えた餌を認識せず、飢餓で死亡する個体が多いことが、研究の大きな壁でした。
・卵・仔魚のデリケートさ
サンマの卵は非常に小さく、浮力を持って漂いながら孵化します。このため、孵化や仔魚の飼育には水質管理・餌環境の高度な調整が必要で、研究段階では長期飼育がほとんど成功していませんでした。
・高い遊泳速度と酸素要求量
サンマは高速で泳ぎ続ける習性があり、酸素消費量も高い魚です。そのため、水槽内で安定した環境を維持することが技術的に困難でした。
2.技術的ブレイクスルー
今回、マルハニチロとふくしま海洋科学館の共同研究によって、「事業化レベルの試験養殖」に成功した背景には、いくつかの技術的な進展があります。
・水槽設計の工夫
サンマの回遊行動を妨げないよう、円形水槽や衝突を防ぐ流体設計を導入。魚が自然な群泳を維持しつつ、壁にぶつからない環境を構築しました。
・人工飼料の最適化
プランクトンや小型魚に近い成分・粒径を持つ人工飼料を開発。さらに給餌のタイミングや水流を工夫し、サンマが餌を「自然に捕食している」と錯覚できるようにしました。
・仔魚の生存率向上
初期段階では生き餌(ワムシ、アルテミア)を活用し、その後徐々に人工飼料へ移行するステップ方式を導入。これにより、孵化から成魚までの生存率が大幅に改善されました。
・人工授精技術の確立
2024年には人工授精に成功。天然の親魚に依存せず、世代をつなげる基盤技術を確立したことは、事業化を見据えた大きな成果です。
3.他魚種との養殖比較
| 特徴 | サンマ | ブリ | マダイ | クロマグロ |
|---|---|---|---|---|
| 回遊性 | 非常に強い(狭い水槽では衝突) | 中程度(生け簀飼育可能) | 弱め(定置で飼育容易) | 強い(広い生け簀が必要) |
| 餌付けの難しさ | 高い(人工飼料に慣れにくい) | 低い(人工飼料適応済み) | 低い | 中程度(工夫が必要) |
| 卵・仔魚の扱いやすさ | 非常に繊細 | 比較的安定 | 比較的安定 | 繊細(高い技術必要) |
| 成長速度 | 中程度 | 速い | 中程度 | 遅め |
| 酸素要求量 | 高い | 中程度 | 低い | 高い |
4.今後の展望
サンマ養殖はまだ始まったばかりですが、技術が確立すれば以下の可能性が期待できます。
・安定供給:資源変動に左右されない「養殖サンマ」が市場に出回れば、価格の安定につながる。
・高付加価値化:脂質含量やサイズを調整し、より美味しいサンマを計画的に育成できる可能性。
・海外展開:日本独自の養殖技術として、国際的な展開や技術輸出も視野に入る。
一方で、コスト効率や環境負荷の問題は依然として課題です。特に、ブリやマグロと比べて市場価格が低いサンマを、いかに採算の取れる養殖魚にするかは大きなテーマとなるでしょう。
5.結びに
「庶民の魚」から「幻の魚」となりつつあるサンマ。その養殖は、これまで夢物語とされてきましたが、ついに現実味を帯びてきました。水産資源の持続可能性が問われる今、この技術的挑戦は、日本の食文化を未来に継承するための重要な一歩といえるでしょう。
出典:マルハニチロ公式ニュース
https://www.maruha-nichiro.co.jp/corporate/news_center/news_topics/2025/09/9.html?utm_source=chatgpt.com
